第6話 信虎追放

 「さぁ、行くがいい。晴信よ。」


 信虎は晴信の背中をポン、と叩いた。


 目の前には今川家の屈強な武士と今川家重臣太原雪斎がいる。


 「なんだ、さすがの晴信も意味が分からぬか?」


 信虎は晴信の背中をさらに2回叩いた。


 

 「信虎様、当方は晴信様をお引き受けかねます。」


 少し間をおいて雪斎がこう言うと、信虎は眉をひそめた。


 「なぜだ。約束したであろう。」


 「信虎様の方が意味が分かっておらぬようで。」


 雪斎はこう言うと両脇の屈強な武士に合図を出した。


 ガサッ!


 「な、何をする・・・!?」


 信虎は数人の武士に手足を取られた。


 「信虎様はこうでもしないと連れて行くのが困難ですから。」


 「わ、わかったから足を着かせてくれ。」


 雪斎が頷くと、信虎は両手を取られながらも足を地面に着かせた。

そして、信虎は晴信を睨みつけた。


 それはそれは恐ろしい目つきだ。

しかし、晴信は強い決意で睨み返した。

 

 「う・・・。」


 信虎は睨み負けし、思わず目をつぶった。

信虎の完敗である。


 甲斐への帰国を諦めた信虎は今川の武士たちに付き添われながら

南の駿府へゆっくり歩んでいったが、一度も晴信の方を

振り向くことはなかった。


 晴信も何も感じないわけではなかった。



 

 大勝負が終わり気が抜けてどっと疲れながら帰ってきた晴信に

声をかける女性がいた。


 三条夫人だ。


 実は晴信はあの初陣を果たした年に三条夫人と結婚してその二年後に

長男、太郎が生まれている。


 ただし、晴信は追放計画で頭がいっぱいであったため、なかなかゆっくり

話をする時間も少なかった。


 いや、むしろ晴信の方が避けていたのだ。


 頭がいっぱいというほかにもう一つ理由がある。

三条夫人は京の都の公卿の家の娘だ。

なのでとても気位が高く、扱いに苦心していた。


 甲斐に来た頃は食事も合わず、わざわざ京の都から料理人を呼び寄せて、

食材も苦心しながら色々試してやっと食べてもらえたほどだ。


 「たまには太郎と遊んでやってください。」


 「・・・そうだな。」


 「そうだなって、何回目だと思っているのですか!?」


 「ことが落ち着いたから今回は行く。」


 そう答えてしまったが、太郎は三条夫人とくっつくように過ごしており、

太郎と遊ぶには当然、三条夫人とも会わねばならない。

なかなか行く気になれなかった。


 (これも父上が京の都と関係を持つためにやったことだ。)


 晴信は父、信虎をを少し恨んだ。


 ただ、晴信はまだ気づいていなかった。

将来、三条夫人が晴信の一番の理解者になることを。

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