第5話 今川が握る運命

 信虎は決断をした。


 ・・・晴信を追放すると。


 次男の信繁を当主にする以上、晴信は邪魔者である。


 (追放先は同盟者の今川家がいい。)


 信虎は今川家と交渉し始めた。

すると、今川家からは重臣の太原雪斎が出てきた。


 「晴信めをそちらに預かっていただきたい。」


 「お安い御用で。」


 雪斎はこう返したが、実のところ今川家は信虎を見限っていた。

だから、現に晴信との交渉に入っている。



 「お元気そうで何よりです。」


 今川家の真の使者、山本勘助が再び晴信と密会したのは

信虎が雪斎と会った1週間後のことである。


 勘助は信虎が晴信の追放を検討していることを伝え、

一つ、作戦を提案した。


 「これはむしろ、信虎様を駿河に引き出す好機です。」

 「信虎様には予め晴信様を引き受けるから連れてきてほしい、

と伝えておきます。そして一行が駿河に入ったところで晴信様ではなく、

信虎様を引き受けます。」


 「見事な作戦だが、勘助、今川を信じてよいのだな?」


 晴信はむしろ、今川が実は信虎方で自分が追放されてしまうのを

恐れていた。


 「勘助めの目を見てくだされ。」


 晴信は勘助の片目をじっくりと見た。

その目線は微動だにしなかった。


 「うむ、わかった。頼んだぞ、勘助。」


 「晴信様の期待を裏切らぬよう頑張りまする。」


 こう言って、勘助は駿河へ帰っていった。



 「晴信よ、話がある。」


 こう言って信虎はいつもは目も合わせない晴信を

呼び寄せた。


 「晴信、悪かった!廃嫡はなしだ。武田家を継いでくれ!」


 こう言って謝ってきた信虎だが、晴信は既に信虎の計画を知っている。


 「やっと分かっていただけましたか、父上!」


 晴信もここは演技をして見せた。


 「しかし、なぜこのような・・・。」


 晴信はあえて理由を聞いてみた。


 「あの後、色々考えていたのだが生きていれば失敗はある。

そう思ったから今、本当に反省している。」


 あの父上が反省するわけがない、と晴信は頭の中で笑い飛ばした。

 

 「この晴信、武田家のために力を尽くしてまいりたいです!」


 「よかった、それが聞きたかった。」


 信虎は仲直りしてから何かしらの理由を作って駿河に行く準備を始め、

晴信がついてきたところを今川に引き受けてもらうつもりだ。


 勝負は既についていたが、

この時はまだ、双方が勝った、と思っていた。



 そして、信虎が駿河に行く計画を立てたのは天文10年(1541年)

もうすぐ6月という時である。


 「晴信、たまには駿河にでも行かぬか。わしは孫の顔が見たいし、

おぬしも海を見てみたいであろう。」


 これまで続いていた信濃国の戦も一段落したのでゆっくりしに行こう、

というニュアンスである。


 「ぜひ、行きとうございます。」


 この返答を聞いた信虎は裏で笑った。


 (晴信のやつ、まんまと乗ってきたな・・・。)



 そして6月4日朝、一行は古府中を出発し、お昼には甲斐国南部の

下山に到着した。


 「御屋形様、少しここで休息されてはいかがですか。」


 こう言って出てきたのは中立の立場である下山城城主穴山信友だ。


 「いや、疲れていないから大丈夫だ。な、晴信。」


 「はい、父上。」


 二人はお互いに仲良しをアピールしつつ、国境へと進んでいく。



 運命の時は刻一刻と近づいていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る