第4話 山本勘助との出会い

 ここ、躑躅ヶ崎館がある古府中に不思議な男が現れた。

足が不自由で片目が見えず、年齢より少し老けて見える。


 この男の名は山本勘助という。


 実はこの男、南の隣国、駿河国(今の静岡県)の大名今川家の家臣であり、

その当主今川義元からの密使である。

 ただし、お目当ては武田信虎ではない。


 ・・・武田晴信である。


 武田家と今川家は同盟関係にある。

数年前までは戦争状態にあったが、今は良好な関係に至っている。


 (これが甲斐国でござるか・・・!)


 海と商業の国、駿河と緑豊かな山岳の国、甲斐を頭の中で

比べながら晴信との密会の場に到着した。


 「お待たせいたしました、山本勘助でございまする。」


 「おお、勘助殿、お疲れでしょう、ささ、ここへ。」

 

 板垣信方が案内し、勘助はゆっくりと椅子に座った。


 そして、そこに晴信が到着した。


 「武田晴信である。」


 「はじめまして、山本勘助でございまする。」

 「・・・なるほど、ここにいるそうそうたる顔ぶれ・・・、皆、

共謀にござりまするか。」


 「そうだ。共謀だ。」


 そう言って笑った晴信の周りには、板垣信方、甘利虎泰、飯富虎昌、

といった晴信派の重臣が並んでいた。


 「これだけの味方がいれば、非常に頼もしいですな。」


 勘助は少し笑みを浮かべた。


 そして、細かいところを協議した後、晴信は勘助に尋ねた。


 「この計画に今川家は不可欠だ。協力してくれるか!?」


 「それは、義元様に聞かねば分かりませぬが、私からは協力すべき、

と義元様にお伝えいたします。そこのところはお任せくだされ。」


 「うむ、心強い。頼むぞ、勘助殿。」


 「呼び名は”勘助”だけでようございます。」



 この場でとても大事なことが決まった。


 それは今川家が武田晴信の”信虎追放計画”に参加するというものだ。

具体的には、今川家は信虎の追放先となることになった。


 今川家が協力する背景には、年老いて頑固な信虎よりも若い晴信の方が

扱いやすい、という意図があるようだが、何はともあれ、

母の大井の方が言った衝撃発言が現実のものになろうとしていた。


 

 実は、あの大井の方の発言の後、晴信は大井の方とひそかに

話をしていた。


 「父上はあまりにひどい。ひとつ失敗をしただけで、叱られるだけなら

ともかく、廃嫡にまで言及するとは・・・。」


 「信虎様は・・・、若いころから非常に失敗の少ない人です。」

 「逆に失敗を重ねていたら、今、ここに武田家はいないでしょう。」


 「たしかに、父上が若き頃の戦は苦しかったと聞いています。」


 「信虎様は、正直言って戦は天才です。でも、天才だからこそ、

失敗が少なく、ある意味経験不足なのでしょう。」


 「・・・だから、失敗をあんなに怒るのですか・・・?」


 「まぁ、それも理由にあるかな、と思っただけです。」


 「・・・。」


 「でも、一番の原因は嫉妬でしょうね。」


 「えっ」


 晴信の口から思わず言葉が漏れた。


 「実は、信虎様は小さいころから全く勉強ができなかったみたいで・・・。」


 「え・・・、でも戦は強い・・・。」


 「信虎様はいつも言っていました。わしは確かに天性のものを

持っているが、勉強ができたらもっと勝てたはずだと。」

 「それに対して、晴信は天性の力も勉強の力も両方持っていると。」


 「・・・・・・。」


 「でも、このまま廃嫡にされたままではいけませんよ、晴信。」

 「自分の道を開くのですよ。」


 これが大井の方の言いたいことであったらしい。



 あれから、数年。

晴信はその決断で自分の道を開こうとしていた。

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