episode 9 自転車に乗りた~い 其の壱

 「一歩いっぷ自転車じてんしゃりた~い」

はじめて自転車じてんしゃに“った”のはママの背中せなかだったとおもいます。その、ハンドルのちかくにつけるどもようちっちゃな椅子いすり、いつかうしろの荷台にだいすわってサドルにつかまったり、ママのふく両手りょうてちからいっぱいにぎってバランスをっていた記憶きおくよみがえります。

一歩いっぷ、ちょっとおいで」

仕事しごとから帰宅きたくしたパパがってきたのは、水色みずいろのペンキがられたふる自転車じてんしゃ自転車じてんしゃさんにならんだ新品しんぴんとはかけはなれた代物しろものでした。

ボクがまだ小学校しょうがっこうがるまえのことです。。

「あしたから特訓とっくんだな」

われ、

「ウン!」

元気げんきよく返事へんじをしたときには、自転車じてんしゃることがどんなにむずかしいことかからなかったのです。

近所きんじょのお友達ともだちおおくが後輪こうりん両側りょうがわ補助輪ほじょりんのついたどもよう自転車じてんしゃっていた時代じだい。ボクんには、成長過程せいちょうかていのほんのわずかな時期じきにしか使つかわないものにおかねをかける余裕よゆうはないんだ。と、幼心おさなごころにも理解りかいしていたのでしょう。

 パパが仕事しごとから帰宅きたくした夕方ゆうがたが“特訓とっくん”の舞台ぶたいじつは、ボクはパパがもどまえから自転車じてんしゃにまたがり、ハンドルをつかんでヨタヨタとあるいていたので、年上としうえのお友達ともだちのように自在じざいりこなすのが想像以上そうぞういじょうむずかしいことがなんとなくかりました。

 しず夕日ゆうひらされながら特訓開始とっくんかいし―。

予想よそうはんして、初日しょにち後輪こうりんをスタンドでめた状態じょうたいぐだけでした。つまさきちが出来できたかさにサドルの位置いち調整ちょうせいして、ハンドルをすこみじかめにってペダルをむ。地面じめんれていない後輪こうりんは、シャーッとおとてながらいきおいよくまわります。

「どうだ、一歩いっぷたのしいか?」

「よくかんない」

「ハンドルのまえにブレーキのレバーがあるから、ゆっくりいてごらん」

「これ?」

ボクはペダルをぐのをやめて、なんとなくみぎのレバーをいた。けれど、後輪こうりんまりません。自転車じてんしゃ荷台にだい両手りょうてささえていたパパがうしろからのぞみます。

一歩いっぷ、それは前輪ぜんりんのブレーキ・レバーだ。後輪こうりんのブレーキはひだりのハンドル」

「そうなの? ひだりだね」

そのころボクは幼稚園児ようちえんじでしたが、右手みぎて左手ひだりて区別くべつはついていたんだ。ひらおおきくひろげてレバーをくと、キキーッとおとがして、まわっていた後輪こうりんまりました。

「もう一回いっかいいで。ブレーキ。いで。ブレーキ」

何回なんかいかえしたあと、パパはボクを後輪こうりんわきにしゃがませると、左手ひだりてでペダルをまわして右手みぎてでブレーキをける操作そうさかえします。

一歩いっぷ、サドルのななうしろでタイヤをはさんでいるのがブレーキ。前輪ぜんりんのブレーキはハンドルのなな前辺まえあたりについているから、てごらん」

「ホントだ。タイヤのみぎひだりでくっついたり、はなれたり…」

自転車じてんしゃぐものだけど、一番大事いちばんだいじなのはまること。うごいたままだれかにぶつかったらあぶないだろ」

あぶないね」

「じゃ、もう一回いっかいサドルにすわって、ハンドルをつ」

ボクがわれたとおりにすると、まえまわったパパがハンドルをつかんで左右さゆうらすんだ。

「ぐらぐらしちゃうよ、パパ。意地悪いじわるしないで」

一歩いっぷ、ハンドルもしっかりにぎらないと安定あんていしないからあぶないんだぞ。ちからいっぱいにぎるのもダメだけど、まあ、ればかる」

「ふ~ん」

一歩いっぷ~、ごはんよ~」

「よし、きょうは終了しゅうりょう。また明日あしたな、一歩いっぷ

玄関げんかんけると、シチューのにおいがして、おなかがグ~ってりました。

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