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 餃子グルメツアー一行のメンバーは、ぼくと、ラインをくれた先輩と、先輩の彼女さんと、先輩の彼女さんの彼女さんの四人だった。ぼくは先輩以外に面識はなかったけれど、残りの二人もそれぞれ気さくで話しやすい人だった。

 ぼくが昨日まで入院していたことを話すと、先輩の彼女さんはピルケースから安定剤を何種類も取り出して、一つずつ説明してくれた。どうもこの人は精神薬好きが高じて、大学の薬学科に入ったとのことらしい。日本で認可されていない最新の薬を「これで沢木君も共犯やのよ」なんて嬉しそうに一錠分けてくれたので、試しに飲んでみたけれど、錠剤に慣れていないぼくには今ひとつピンと来なかった。

 宇都宮の街には確かに餃子屋が多くて、どの店が美味しいのかなんてまるでわからない部外者のぼくらは町中をドライヴして回った後、全国チェーンのバーガーショップに入ることにした。先輩のいわく、餃子の街に餃子を食べに来て、素直に餃子を食べるのが、なんだか妙に悔しくなったとのことらしい。

「俺は、たとえ自分にだって支配されたりしねぇんだ」

 との言に彼女さんはため息をついて、チキンナゲットとアップルパイとオレンジジュースを注文した。彼女さんの彼女さんは、

「宮城君らしいなあ」

 なんて笑うと、シェイクとポテトのLサイズを頼んだ。ちなみに宮城君というのは先輩の名前だ。その先輩は期間限定のゴテゴテしたバーガーとコーラを頼み、ぼくはハンバーガー二つと水を頼んだ。

「ポテト、食べていーよ」

 彼女さんの彼女さんはトレイの上にポテトをひっくり返し、雑談しながらみんなで突付く。

「そもそも、どうして餃子を食べに行くことになったんですか。結局ハンバーガーになっちゃいましたけど」

 ぼくはハンバーガーの包みを指で弾きながらそう問うた。

「あ、そうやわ。なんで餃子なん? わざわざ宇都宮まで来て、結局ハンバーガーになったけど」

「うん、結局ハンバーガーになったけど」

 どうやらこれは先輩の思い付きで始まった企画で、他のメンバーもぼくと同じように、どうして餃子なのかを知らなかったらしい。先輩は勿体ぶることも無く、軽く答えた。

「夢で見たんだよ、餃子」

 先輩の話では、昨日の朝、夢の中に餃子がやたらと出てきたのだそうだ。ただし、それが美味しそうだったから餃子を食べたくなったー、なんていうことではなく、簡潔にまとめると、どうやら夢の中の餃子は世界を支配する悪の組織であったらしい。夢の中で餃子の圧制に苦しめられ、目の前で餃子に彼女さんと、彼女さんの彼女さん、そしてぼくの三人を殺された先輩。絶望に打ちひしがれた後、目を覚ますと頬には涙が伝っていた。そうして先輩は、早々に餃子への反逆を決意する。つまり、現実世界で餃子を食い尽くすということ。餃子に殺された三人を誘い、しっかり一口百回噛んで、完全にすり潰すという復讐劇。

「……夢の中の話とは言え」

 彼女さんはそこで絶句した。彼女さんの彼女さんはテーブルを叩いて大爆笑していた。ぼくも七秒ばかり笑っていたけれど、よく考えてみると、ぼくの方だって一ヶ月以上もわけのわからない夢を見ていたのだから、他人のことは笑えないのかもしれない。

 ぼくはぼくの夢の話を始めた。

「カオスだな」

「餃子よりマシですよ」

 ぼくはポテトを先から齧る。

「幻覚はね、気持ちええやんね」

 彼女さんはポテトを摘んだまま、恍惚とした顔で天井を見上げていた。自分の見た幻覚を思い出しているのだろうか。

「俺の時とリアクションが違うぞ」

 先輩もポテトを頬張る。

「当たり前やろ。なんでうちらが餃子に殺されなあかんねん」

 確かに、それはそうだ。

「沢木君のは宮城君のより、ちょっといい話だよね」

 いい話、というのはよくわからない。餃子と比べられても、何とも言えないようにも思う。けれど、ぼくは確かに夢の中で幸せだったのかもしれない。

「ミドリさんにまた会えたら、よろしく言っといて」

 彼女さんの彼女さんはそう言って、シェイクを啜った。

 ハンバーガーグルメツアーの次の日、彼女さんの彼女さんからラインが来た。昨日の夜にまた「記憶が混濁している」状態になったぼくは前後の記憶も曖昧になり、大体ハンバーガーを食べた後くらいから家に帰るまでの記憶を喪失してしまっていたのだけれど、どうやら帰る途中で彼女さんの彼女さんと、連絡先を交換していたらしい。最初、誰だかわからない人から突然送られてきたラインに困惑していたぼくだけれど、話の内容から、それが彼女さんの彼女さんからのものだと理解した。

 ぼくは昨日のお礼を言って、また遊びにゆく約束をした。それから二時間ばかり後、ぼくらは公園でブランコに腰掛けていた。その後のことはまた、よく覚えていない。

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