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 目が覚めた、という旨のことを医者氏に伝えたところ、医者氏は大変喜んだ素振りを見せ、翌日簡単な検査をした上で、おそらく退院できるとか、できないとか、そういう話をしてくれた。

 面会時間になると、両親がやってきた。日曜だから仕事は休みだというが、両親が何の仕事をしているかは当人たちに訊くわけにもいかない。正直、「記憶が混濁している」ぼくは両親の顔をあまり覚えていなかったから、それなりにお芝居の巧い人が「私たちがきみの両親です」と言ってやってきたって、「そうなのかなぁ、嘘なのかなぁ」と悩んでおしまいだったのじゃなかろうか。おそらく本当の本当に、本当の両親であるはずの両親両氏に適当に相槌を打ちつつ、ぼくは一生懸命に記憶を検索していた。

 それから少しして思い出した。この人たちは、本当の本当に、ぼくの本当の父さんと母さんだ。思い出すと急に照れくさくなって、

「ごめん。まだ少し、休ませて」

 とぼくは頭から布団をかぶった。

「ぼくはもう大丈夫だから。もうすぐ家に帰れるから」

 布団の中で声が籠る。

 父さんは土産のバナナをぼくの頭の上に置き、母さんは着替えを置いて、泣きながら笑いながら部屋を出た。



 ぼくは自宅に戻り、部屋の片づけをした。ビデオの延滞料金は生半なものじゃなくて、ぼくはもう一度、向こうの世界に飛びたいとすら思った。

 充電しっぱなしのスマートフォンには、ぼくが入院していたことを知らない人たちからの通知がたくさん入っていた。メールにラインにSNS。中学の頃の友達、牛丼屋の会員向け案内、出会い系サイトの広告、去年学校を卒業していった先輩。

 そう、ぼくはもともと高校生だったのだけれど、学校はこの機にやめてしまうことにした。あと半年もすれば卒業、そんな話はどうだっていい。どうせ卒業単位も足りないのだし。そもそもぼくの「記憶が混濁している」状態の、そもそもの原因が、あの学校なのだし。

 中学の同窓会はもう終わってしまっていたし、牛丼屋の会員向けメールでは漬物が大当たりしただけだった。せめてこだわり卵だったら良かったのだけれど、漬物で大当たりと言われてもしっくり来ない。出会い系の広告は会っただけで二百万円払ってくれる女社長・三四才さんの自己紹介のようなもので、二百万円という額は確かに魅力があったけれど、どうもぼくには素直に他人を信じる心が足りないようだった。先輩からのラインはつい昨日に届いたもので、これならまだ返信も間に合うはずだ。先輩のラインは「月曜、餃子食べに行こう」という旨のものだった。大学生のあの人は夏休みなのだろうけれど、ぼくは高校生で、同じ高校の卒業生なら夏休み期間もわかっているはずなのに。そういういい加減なところはまるで変わっていない。それが面白い人だとは、思う。ところで、この文面の月曜というのは今日のことか。

「いきます、今いきます、すぐいきます」

 とだけ返信文を打ってそのまま送信し、駅前で餃子グルメツアー一行の乗る車に拾われた。

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