第一章 アス幼少期

第3話 アスの生まれた場所

 閑静な住宅に囲まれた所に緑に恵まれた公園が有った。朝の日差しが差し込むと公園のいたる所で虫達が様々に活動を始める。


 公園の一角、桜の木から遠く離れた場所には自然に咲いた花がいくつも有り、明るい日差しと爽(さわ)やかな風に黄色いタンポポの花がキラキラと踊っていた。花の周りには甘い蜜を求めるハチがブンブンブン。花の葉にはイモ虫がノソノソ、ムシャムシャ。花の根元を見ると小さな蟻達がせっせと食べ物を運んでいる。


 そしてさらに下、土の中に有るとある一室(いっしつ)。地上の爽やかさとは打って変わり薄暗くじめじめしている。部屋の中には長細い蟻の繭(まゆ)が4つ。そして、羽化して間もない小さな蟻が2匹じゃれあっていた。


 すると突然、部屋の通路から声がした。


「こちらです、女王様」


 声のした通路から2匹の蟻が入って来る。


 1匹は多少老(ふ)けがあり、体つきは太い様な細い様な不思議な感じだ。体のあちこちに小さな傷がある。もう1匹、女王と呼ばれた蟻はクロナガアリの女王だ。スペイン産の女王よりも一回り小さいが普通の蟻よりは遥かに大きい。


 女王はぷぅっと口を膨らませると。


「アロン、女王じゃなくてチョコって名前で呼んでよね」


「いえ、そういう訳には…女王は女王ですから」


 アロンの返答に女王は目を細めてため息を吐いた。


「ホント、アロンは堅いなぁ」


「そ…それよりも、あちらに」


 アロンの言った方を見ると2匹の蟻が目に入る。すると女王の顔に笑顔があふれた。


「まぁ可愛い」


「女王様、名前を付けてあげて下さい」


 女王は目を閉じて考えた。その表情は笑顔で楽しそう。突然、ぱぁっと目を見開くと。


「そうね、『オテモ』と『ヤン』なんてどうかしら」


「……」


「何よアロン、変な名前とでも言いたいの?」


 沈黙しているアロンに女王がにじり寄ると、押し負ける様に口を開く。


「い、いえ…ナイスネーミングです」


「じゃあ決まりね。ところでアロン?あの子はどうなったかな?」


 女王がそう言うとアロンは4つの繭(まゆ)の中でも一際(ひときわ)大きな塊(かたまり)を見つめた。その中心部分は黒ずんでいて、中にいる蟻は今にも羽化しそうだ。


「また大きくなりました。何処まで大きくなるのか…」


 アロンが言いかけると突然、ピシィッ!という鋭い音が走り、大きな繭に亀裂が入った。繭に亀裂が入ると、中の黒いものが活発に動き、内側からかじっている様子が伺えた。徐々に広がる亀裂…そして、繭が真っ二つに割れると中にいた蟻が姿を現した。


「驚いたな…」


 その大きな繭とは裏腹に、産まれて来た蟻は兄弟と全く変わらない大きさだった。そしてアロンが何より驚いたのはその蟻の瞳。本来、蟻は全て黒い眼をしている。しかし目の前に現れた蟻は瞳の色が青だった。


「わぁ素敵!」


 思わず女王の口から驚きの声が漏れた。そしてアロンも目を見開き生まれて来た蟻を見つめた。


「青い瞳!?そんな蟻、見たことも聞いたこともないぞ」


「珍しいわね。どんな名前を付けようかしら『あおめ』『あおたん』『あーお』」


「じょ…女王…この子の名前、私に付けさせてもらえませんか?」


「あら?アロンが私にお願いするなんて珍しいわね。どーぞ」


 アロンは少し考え、何かを思い出すように言った。


「『アス』と…」


「センス無いわね~、まぁいいわ今日からこの子は『アス』ね」


 女王が名前を言うと、何となくアスが笑った気がした。


✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝


 アスが生まれてから程なくして、次々と繭がかえっていく。その度に女王が独特なネーミングセンスで名づけをした。


 まずは雌(めす)の『モグ』ぱっちりとした瞳が可愛らしい。


 次に雄(おす)の『シシャモ』細い目をキョロキョロと落ち着かない。


 最後に雄の『フトシ』アスの次に大きな繭から生まれた、6匹の中で一番体が大きい。


 6匹全ての繭がかえると女王は育児をアロンに任せ、自分の部屋に籠った。次の卵を産む為の栄養を蓄えているのだ。それでもたまに子供達が気になって、コソコソと部屋に見に来ていた。


 幼い蟻達が生まれて数日が経ち、それぞれが活発に動き回れる様になると徐々に部屋の中が狭くなってきた。


 「巣の中を探検しようぜ!」


 突然のヤンの発案に、青い眼を輝かせて頷(うなず)いたアスは好奇心に満ち溢れていた。


「駄目よ。アロンに部屋から出ちゃいけないって言われてるでしょ」


 真面目な言葉と共に怒りをあらわにしたのは、唯一の雌であるモグだ。ぱっちりとした眼で訴(うった)えた。


「そ…そうだよ、怒られちゃうよ」


 アロンに怒られている所を想像でもしたのだろうか、細い目を更に細めてブルブルと震えたシシャモ。


「餌探しの冒険に出発だぁー」


 楽しそうに便乗したフトシは食欲に駆られ、ヤンとアスが部屋を出るより先に通路へと消えていった。そんな様子を見てため息をついたモグはオテモへと目を向けた。


「オテモはどう思う?」


「アロンが出るなって言ったんだから勝手な事しちゃ駄目だよな」


うんうんと頷きながら答えたオテモに、聞いていたアスはいけない事なんだなと理解した。しかし、フトシの消えて行った通路をチラリと見ると好奇心に駆られ、思わず通路へと走って行ってしまった。


「じゃあ、オテモとモグは留守番だな」


 とヤンが言い捨てると、アスを追いかける様に部屋を出て行った。取り残された3匹の蟻。沈黙を破るようにオテモが口を開いた。


「皆が悪い事しない様に見張る役が必要だよな」


 と、言い訳がましく言うとモグの顔色を伺いながら恐る恐る部屋から飛び出して行った。


「み…皆が行くなら僕も」


 ついつい多数派に流されてしまったシシャモ。部屋には取り残されたモグは口をプクリと膨らませて、目を吊り上げた。


「まったくもう!まさかオテモまで行っちゃうなんて」


 怒りをあらわにしたまま、モグも通路へと消えて行った。

そして部屋には誰も居なくなった…。


✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝


 そこは土に囲まれた、蟻2匹が何とか並んで通れる程の細い細い通路。その道をアスは軽い足取りで駆けていた。初めて見た通路は部屋と同じくただの土の壁。しかし、鼓動の高鳴りを強く感じていた。この先に何が待っているのだろう。どんな可能性が待ち受けているのだろう。考えただけで楽しい気持ちで一杯になっていた。


 そして、アスの青い瞳に飛び込んで来たのは、自分が生まれてからずっと過ごしていた部屋の5倍にもなるで有ろう広大な部屋だ。その部屋にはアスの入って来た通路以外に4個の通路が伸びていた。考えるよりも早く、近くの通路へと突っ込んでいった。好奇心に駆られるがままに通路を突き進むアス。すると再び目の前に部屋が見えて来た。躊躇(ちゅうちょ)する事無く飛び込むとそこには、苦しそうにうめき声を上げる女王の姿が有った。


「女王様!」


 見つかったらマズいという事も忘れ、つい叫んでしまった。気付いた女王様はアスの方を見ると、何故こんな所に居るのか驚き目を見開いている。


「アス、どうしたの?こんな所まで」


「じ…女王様。さっき、苦しそうな顔をしてた!」


 心配するアスにクスリと笑顔を漏らすと、柔らかい口調で静かに答えた。


「新たに子供を…卵を産みたいんだけど、栄養不足で思うように産めないの」


 するとアスは少し考えて口を開いた。


「女王様!僕が女王様の為に餌を一杯持ってきてあげる!」


 迷いのない青く澄んだ瞳に、女王が近寄ってくると、ぺろりとアスの頬を舐めた。アスはプルプルと喜びを表すと、突然通路の奥から「アス!」と怒り声が飛んできた。覚えのある声に体を震わせると、アロンが部屋へと飛び込んで来る。その横には怒られたであろうフトシが、しょんぼりと小さくなっていた。その後、アロンによって捕まった皆は小一時間怒られ続けた。


✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝


 ある日の事。


 今日も蟻達はじゃれたり、アロンの持ってきた餌を食べたり、ダラダラしたり話したりして楽しんでいた。


「アスの眼ってなんで青いんだ?」


 とヤンの口から疑問の声を聞くと、心配そうな表情を浮かべアスは口を開く。


「青い?なにそれ?みんなと僕の眼は違うの?」


「確かに違うけど、青い眼カッコいいよ」


 アスの眼を見つめ、笑顔で褒(ほ)めたモグ。


「何でだろ?アロンはわかる?」


 オテモは質問を口にするが、アロンは頭を抱えた。


「うーん俺も長年生きてはいるが、青い眼の蟻を見たのは初めてだな」


「長年ってアロンは何歳なの?」


 モグが聞くと、アロンは少し考えて答えた。


「…生まれた年を1歳とするなら、俺は4歳だ。普通の働き蟻の寿命は3歳位だか

ら長寿な方だな。ちなみに女王様は5歳だ。女王様の平均寿命は15歳だからまだまだ長生きされるだろう」


「じゃあ、アロンはジジイだな」


 ヤンがふざけて言うが、アロンは気にするそぶりを見せない。むしろ気にしていたのは、何故眼が青いのか原因の分からないアスだった。


✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝


 アスが生まれて丁度2週間が経過した日の事、アロンが6匹のいる部屋へと入って来た。アロンが集合の掛け声をかけると幼い蟻達がぞろぞろ集まる。その中でヤンだけダラダラめんどくさそうにしながら言った。


「んだよジジイー」


「また言ってる。ジジイって言うのやめなさいよ」


 モグがフォローするが、アロンはコホンと咳払いをして気にせず話し始めた。


「お前たちが産まれて約2週間が経った。そろそろ働き蟻として仕事をこなせるだろう。明日全員に役割を与える」


「えー、めんどくせー!」

不真面目なヤン。


「女王様の為に頑張ろう」

真面目なオテモ。


「私に出来る事なら何でも」

献身的(けんしんてき)なモグ。


「ぼ…僕で大丈夫かなぁ」

ちょっと臆病なシシャモ。


「うまいもの一杯食べれる?」

食いしん坊のフトシ。


「外の世界が見れるのかなぁ」

好奇心旺盛なアス。


個性的な6匹の初仕事までもうちょっとだ。


「その前に、最低限の事を覚えて貰う、まずは……」


 アロンが言いかけると、グゥーー! とフトシの腹の虫が割って入る。


「腹減ったーその前にご飯食べたい!」


 6匹の中で一番体の大きい(横にだが)フトシが駄々をこねると、アロンは呆れ顔で答えた。


「分かった分かった。飯を食べながら話すぞ」


 アロンが餌を取りに部屋を出ると、入れ替わる様に3匹の蟻が入って来た。


「ちわー、みんな元気に育ってるかなー?」


 入って来たのは女王のチョコと見た事の無い牝蟻が2匹。


「女王様……」


 オテモとシシャモは女王に見とれている。


「まだみんなに紹介して無かった二匹を連れて来ましたー。紹介するね。みんなの一歳年上になるゴマとケマ、二匹ともハンターをしてもらってるの」


「ゴマでーす、ヨロシクー!」


 軽い感じが女王に似てるゴマ。


「ケマだ」


 ピリピリとした緊張感を漂わすケマ。


「女王様ー、ハンターってなんだー?」


 六匹の疑問を代表する様にヤンがそう口にすると、ケマが静かに答えた。


「ハンターの役割とは、主に他の生物を殺して糧とする事だな」


「こわっ!」


 ヤン以外の五匹が併せて口にしてしまう。


「シシャモなにビビってんだよ」


 ヤンは強がりながらシシャモの頭を叩く。


「まぁ、要するに食料調達係りね。他の生き物を殺さなくても花の蜜とか種子も有るし、食料は落ちてたりするから」


 ゴマが言うと、みんな少し安心した様だ。


「女王様、ハンターの他にはどんな仕事が有るのですか?」


 オテモがずいっと前に出て言うと、女王がそれに答える。


「その前にオテモ達の自己紹介が先ね。ゴマもケマもあなた達の名前知らないから」


「ププッ……オテモ、女王様に良いところ見せられなかったな」


「うるさいぞ! ヤン」


 オテモは顔が真っ赤だ。


 6匹が一通りの自己紹介をした所で大量の餌を抱えたアロンが部屋に入って来た。それを見たフトシは目を輝かせ、餌に向かって猛ダッシュ。


「ご飯だあぁぁぁー!!」


 するとアロンとフトシは勢いよく衝突し、室内に鈍い音が響く。


「ナイスタックル」


 女王は楽しそうにはしゃいでいる。フトシは衝突の衝撃で尻餅をつくが、すぐに体制を立て直し、アロンから餌を奪うと物凄い勢いで食べ始めた。

ガツガツガツガツガツガツガツガツガツガツ………。


「アロン、教育が成ってないんじゃ無いのか?」


 ケマが呆れながら言った。みんな呆然とフトシの食欲を見ていると、アロンは女王が居る事に気付き、慌てて言う。


「女王様、おいでとは知らずご無礼を」


「楽しいから気にしないで。でも、この子達が産まれてからファミリーが揃うなんて始めてね」


「全員? これで全員なんですか?」


 女王の言葉にアスが疑問を投げかけ、ケマが答える。


「そうだ。女王様の最初の年に産んだ子供達はアロンを除いて戦死した。次の年もそうだ。三期生である私達も最初は8匹居たが、今は私とゴマだけだ。お前達は何匹生き残れるかな」


「ひぇぇぇぇー」


 ケマの言葉にシシャモは体を震わせた。オテモ、ヤン、モグも不安そうだ。そんな中アスだけは外の世界への好奇心で満ち溢れている。フトシは食べる事に夢中で聞いていない……。


「私達はそろそろ戻るわね。ゴマもケマも仕事中に無理矢理連れて来ちゃったから」


 そう言うと女王はゴマとケマを連れて部屋から出て行く。そしてオテモとシシャモは名残惜しそうに女王の出て行った通路を見た。


「さて、話しの続きをするぞ。食べながらでも良いから聞いてくれ。まずは仕事の種類だな」


 そうしてアロンの説明が始まった。チョコファミリーの仕事は大きく分けて3つ。


【ハンター】

食料の確保が主な役割。花の蜜や種子、落ちている食料を集める。無ければ他の生物を殺して餌とする。

蟻の仕事の中で最も多くを占める。

チョコファミリーではゴマとケマの2匹。


【スイーパー】

掃除、卵・幼虫の世話、巣中での餌の運搬など、要するに主婦みたいなものだ。

チョコファミリーではアロンのみ。


【ガード】

巣の防衛。主に巣の入口、女王の部屋の入口、食料庫などに配置される。

チョコファミリーにはいない


「ここまでで質問は有るか?」



「ガードが居ないのは何故?」


 モグが聞くと、他の蟻もうんうんと首を縦に振った。


「ガードは3種の中で一番優先順位が低いんだ。もし巣に危険が有ればヘルプを出せば近くにいるファミリーが駆けつけるからな。スイーパーもそのときだけはガードになれるしな」


 [ヘルプ]という言葉に一同は疑問を感じる。それに気付いてアロンが話を続ける。

「ヘルプについて話してなかったな。蟻の習性で[ヘルプフェロモン]と[道しるべフェロモン]を胸から出すことが出来る。出し方は後で教える」


【ヘルプフェロモン】

強烈な匂いを出すことで、身の危険を遠くのファミリーまで知らせる事が出来る。

主に外敵に襲われた時や迷子になった時に使用する。


【道しるべフェロモン】

少し甘い匂いのする液体で、自分の辿った道に垂らす事で仲間への道しるべになる。主に餌場への道筋を示すのに使う。


「ぶへぇー、覚える事が一杯だぁー」


 食べかすを飛ばしながらフトシが泣き言を言った。


「次はこのファミリーの巣についてだが、部屋の数は全部で5つ」


【女王部屋】

その名の通り女王が居る部屋。産卵もここでする。


【大広間】

入り口から最も近くて広い部屋。みんなの休憩場所。


【食糧庫】

餌置き場。


【卵部屋】

卵が生まれた後、ここへ運ばれる。アス達が卵から孵ったのはここ。


【育児部屋】

卵から孵った幼虫の飼育部屋。いまいる部屋。


「以上だ分かったな」


「はーい」


幼い蟻達の声が揃う。


「次は、外のエリアについてだ。主に5個のエリアに分類されている。」


【桜エリア】

公園の北東の隅に一本だけ桜の木が有る一面芝生の比較的平和なエリア。


【花畑エリア】

桜エリアと隣接する南東のエリア、花畑が多く落ち着いた虫が多いエリア。

俺達チョコファミリーの巣はここに有る。


【中央エリア】

東エリアと西エリアを縦に分断するアスファルト作りのニンゲンという巨獣が徘徊するエリア。虫たちの危険区域。


【山エリア】

北西に有る小さな山のエリア。日々、さまざまな虫が争っている。


【林エリア】

南西に有る木の生い茂ったエリア。かつてこの公園を収めたカブトムシの「クッキー」が居た事で有名なエリア。今はさまざまな虫達が群雄割拠している。


「そして5つのエリアは総称して『パーク』と呼ばれている。とまぁこんな所だ。他に聞きたい事は有るか?」


「しつもーん。アロンは産まれてずっとスイーパーなの?」


モグの質問にアロンはピクリと反応した。しばらく考えて……。


「昔はハンターをしていたが、俺は戦いが苦手だったから女王に頼んでスイーパーにして貰ったんだ」


「ダサッ、そのお陰で生き残れたって訳か?」


 ヤンが嫌みったらしく言うとモグが慌てている。


「そうだ。俺には仲間を救えなかった……」


 陰を落としているアロンを見て、ヤンは少し言い過ぎたなと反省している。


「今日はここまでだ。明日から仕事を与えるから各自ゆっくり休め」

そう言うとアロンは部屋から出ていく。


「アホ」


 と言ってオテモはヤンの頭を叩いた。その日の夜、アスは眠れない夜を過ごしていた。明日仕事を与えられる。話しに聞いていた外の世界だ。きっとそこには色々な冒険が待っている。


「女王様の為に一杯餌を持って帰るんだ」


 ふと横を見ると、ヤンも寝付けなさそうにゴロゴロしていた。あんなに強がってるヤンも緊張してるんだなって思ってクスリと笑った。そうして夜は更けてゆく。


✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝


 朝、目が覚めると賑やかな声が聞こえて来た。みんな起きているみたいだ。アスは体を起こすと、話しの輪に加わった。みんな昨日アロンが言っていた内容について話していた。


「おはようアス。よく眠れた?」


 話しかけてきたのはモグ。


「興奮してなかなか寝付けなかったよ。モグは?」


「私も」


「俺も」


「僕も」


 回りに居た皆も答えた。皆一緒なんだねって全員笑っている。と、そこへアロンと女王が入って来た。


「みんな起きてるみたいだな。朝食の前に女王様より話しが有る。整列して聞いてくれ」


 アロンが声をかけると、みんな素早く整列する。不真面目なヤンも今日は文句を言わない。


「これから女王様が皆に仕事を与える。それぞれ適任だと思われる選出をした。心して承けよ」


そして女王が口を開く。


「まずはハンターの任命をします。ハンターは一番匹数が必要になるから3名選出するわね」


 今日の女王はいつもほど軽い感じがしない。それを感じた皆からピリピリとした空気が流れた。ハンターに選ばれるのは3名。アスはハンターになれる人数が多い事に少しほっとしていた。ハンターになりたい。ハンターになって外の世界で活躍するんだ。そんな思いで一杯だった。


「まず1匹目はオテモ。正義感が強いから立派にこなしてくれると思うわ」


 女王の言葉にオテモは深くお辞儀をして答えた。アスは胸の鼓動が止まらない。


「2匹目のハンターはヤン。皆の中で一番動きが素早いから相性はバッチリね」


「ほどほどに頑張るよ」


 ヤンは褒められた事が嬉しそう。それをアスは羨ましそうに見ていた。


「3匹目のハンターはシシャモ。気が弱いけど慎重な位の方が生存率が高いから」


 あんまり良い選ばれ方じゃ無いからなのか、ハンターという仕事への恐怖感からなのか、シシャモは微妙な表情をしていた。


「次はスイーパーを2名選出します」


 既にアスの心に期待は無かった。


「アスとモグ。2匹に巣の中の仕事を任せるわ。アロンと一緒に頑張ってね」


「はい。女王様の為に頑張ります」


 女王の言葉にモグとアスが答えるがアスの表情は暗い。


「そしてガードの仕事はフトシ。あなたは動きが遅いからハンターには向かなそうだけど、こないだのナイスなタックルと体が大きい事がガードになった決め手ね」


「はぁい頑張りまぁす」


 ぐるるる……。フトシは腹の音と一緒に答えた。


「以上だ。この後朝食にするが食べ終わったらハンターは広間へ。それ以外はそのまま残ってくれ」


 アロンがそう言うと皆それぞれが返事をした。仕事の任命が終わると女王は部屋へ戻り、6匹はアロンの持ってきた朝食を食べる。


「外ってどんな感じなんだろうなー」


 朝食の種子をかじりながらヤンが楽しそうにしゃべっている。オテモ・モグ・フトシも一様に楽しそうに話していた。そんな中シシャモとアスは元気が無い。


「シシャモ、元気ないわよ大丈夫?」


 少し震えているシシャモにモグが聞くと、シシャモは微妙に笑顔を作ってみせた。


「だ…大丈夫だよ…女王様の為に頑張る」


 そこへオテモが、ふと気付いて言った。


「心配しなくても大丈夫だよ。俺たちが食べてる物を見てみろよ。ほとんどが種子と花の蜜だろ? 他の生物なんて食べた事ないし、戦う必要なんて無いんじゃないか? そうだろうアロン?」


「その通りだ、俺たちクロナガアリは種子が好物だから、他の餌はあまり採取しない。だが強い身体を作るためには、やはり他の生物を食べる必要があるな」


「そんな事言ったらシシャモの奴種子集めだけしかしないぜ」


 ヤンの言葉にシシャモはビクッと体が揺れる。


「図星だったなー」


 オテモがそういうとみんなで笑う。シシャモは恥ずかしそうだ。


「でも僕はシシャモが羨ましいよ。僕もハンターになりたかった」


 明るく振舞おうと、少しだけの笑顔でアスが言うと、アロンはアスの気持ちを知ってか知らずか応えた。


「女王様が適任と思われる選出をしたんだ、諦めろ。スイーパーも女王様の為に尽くせる良い仕事だぞ。まぁ、ハンターに適任と思われれば異動の可能性もあるがな」


「へぇー、変わることも有るんだ?」


「当然だろう? この巣にとって一番良い配置をする事がファミリーの繁栄に繋がるのだから」


アロンの言葉に皆「なるほど」と頷いた。そして朝食を終えた頃にゴマとケマがオテモ・ヤン・シシャモの3匹を呼びに来た。そして、アス達の最初の仕事が始まる。

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