第25話 挨拶しにきたぞ
兵士の上げてきた報告にベルゼスは大きな声を反論した。
「そんな馬鹿な事があるか! 剣聖レイにはミスリルの剣を持たせてある! 神獣ドラゴンさえも打ち破った剣聖レイに勝てる人間など存在するわけがないだろう!」
ベルゼスが言うように剣聖レイはドレアス王国建国史上初めて神獣ドラゴンを撃退した世界最強の剣士。いわば生ける伝説とすら言っていい存在である。
そのレイが戦場で多数の兵士相手に敗れたというのならまだしもたった一人の人間相手に敗れたなど誰が信じることができるというのか。
だが、それでも兵士の信じられない報告は更に続いた。
「い、いえ、ですが事実です。なんでも戦いを見た者達の話によると、剣聖レイ様と互角に切り結んだそのアッシュという者が剣聖レイ様に手をかざした直後、あのお方は凄まじい勢いではるか後方に吹き飛ばされていったと……」
兵士がそう報告した瞬間、玉座の間は静寂に包まれる。
剣聖レイ相手に剣での互角の戦いを演じたという部分からして信じられない話だが、後半部分に至っては作り話としか思えないものだった。
とはいえ、玉座の間に上がるかもしれない報告を多数の兵が全くの虚偽で行うともユーディーンには思えない。
「なるほど。そのアッシュという者は周囲の兵には見えぬほどの速度でレイを打撃で吹き飛ばしたという事か」
兵士の報告からユーディンはそんな結論を導き出す。
考えてみればレイの剣戟自体、一般的な兵では目で追う事すら困難だという。
その者がレイ並みの実力を有しているというのなら一般の兵には目でも追えない程の打撃を繰り出したとしてもなんらおかしい話ではないということだ。
この場合、考えるべきレイを吹き飛ばした攻撃ではなくそのアッシュが一体どこの国の者で何が目的でここを目指しているかという事だろうとユーディーンは考えた。
「そうか、他国にもレイに並ぶ強者が隠れていたという事か。……それでそのアッシュという者の目的はなんだ? 余の命か?」
不敵に笑うユーディーンの言葉に玉座の間は騒然となる。
普通に考えれば、王宮に正面を切って突撃してくるくらいなのだからその目的は限られる。
というよりも今ユーディーンが言った言葉ただ一つくらいのものだろう。
だが、そんな緊張感を吹き飛ばすかのように兵士はユーディーンに言うのだった。
「いえ、それが陛下に挨拶をしに来たと。あとは悪魔と報酬の件について話し合いたいと言っております」
「は? 挨拶? 悪魔? 報酬?」
ユーディーンはあまりに兵士が考えてもいなかった事を口にするものだから思わず、間の抜けた声でそう返してしまう。
どれひとつとってもユーディーンにとって身に覚えのない話だ。
挨拶というのはまだ意味が分からなくもないが、わざわざこんなことをしでかしてまでするような事だとは思えない。
悪魔と報酬に関して言えばまったく意味不明だ。
まだドラゴンなら分からなくもないが実在もしない物語でしか聞いた事のないような存在の話をしたいと言われても意味すら分からない。
「へ、陛下。今、申しました通りその者は異常です。すぐにここから逃げる準備を」
確かに目の前にいる兵士の言う通りアッシュという者は異常なのだろう。
だが、ユーディーンはそれ以上に剣聖レイを倒したアッシュという者に興味が湧いた。
確かにこのまま新金属ミスリルによる軍事力増強でもドレアス王国は世界を取る事は出来るだろう。
それでもレイを倒すほどの剣士アッシュが敵になるとしても味方になるにしても自らの目で確認しておきたいとそう感じてしまったのだ。
「いや、挨拶に来るというのならレイを倒したそのアッシュという者、一度この目で見ておこうと思う」
「へ、陛下危険です! ここは我らだけで!」
「いや、それにもう遅いようだ。入るがよい!」
ベルゼスが考え直すように言った直後、ユーディーンは大きな声で見えない扉の向こう向けて大きな声で言うと、玉座の間の扉がゆっくりと開き始めた。
玉座の間にいた臣下全ての視線が扉を開いた者へと集中する。
「おー、よく気づいたな。お前ももしかして隠れ魔法使いか?」
そんな言葉を発しながらこの国では珍しい黒い瞳に黒髪の少年がゆっくりと玉座の間に入ってくるのだった。
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