第3話 異世界
「あ、えーとね、そうじゃなくて、あの世界の人々に魔法を教えてあげて欲しいの」
リティスリティアにそう言われた俺様は一瞬何の事を言われたのか理解できなかったが、先程の戦闘を思い返してようやくリティスリティアが言いたかった事を理解する。
「あぁ、聖光刃斬を教えろってことか? 無理無理。アレは俺のオリジナルだし、そこら辺の雑魚じゃ覚えられんし、そもそも魔力が足りずに干からびて死ぬだけだぞ」
確かに俺様が使う魔法、剣技はどれも一級品なのでそう言いたくなるのは分からんでもないが、それらは全て俺様程の偉大過ぎる勇者だから使うことができて、あの威力とキレが出るのだ。
人には身の丈というものがある。
俺様ほどの強者にはそれに見合った魔法、剣技があり、それ以外の者にもそれに見合った魔法がある。
いくら俺様が一生懸命魔法を教えた所でそいつが俺様ほどの才能を持った者でなければ俺様のようなゴージャスな魔法を使えるようにはならないのだ。
まぁ異世界かなんか知らんが、そんな奴など存在する訳がないのだがな。
そんな当たり前の事も分からないのかと思っている俺様にリティスリティアはまたも素っ頓狂な事を言ってきた。
「君、ファイヤーボールは使えるよね?」
「あぁ!?」
当たり前な事を聞いてくるリティスリティアを俺様は激しく睨みつけてやった。
ファイヤーボールは魔法の中では最下級に位置する第7級魔法の1つであり、俺様じゃなくともペーペーの冒険者が一番最初に覚えるようになる初歩中の初歩の魔法だったからだ。
確かに魔王討伐を始めてからは弱すぎて逆に使う機会があまりなかった魔法だが、ファイヤーボールなど両手足縛られて目隠しをされたとしても俺様くらいになれば使う事は造作もないのである。
「よかった、使えるみたいだね」
まだ答えていない俺様にリティスリティアは心を読んでそう言った。
二重の意味でむかついている俺様にリティスリティアは更に言葉を続ける。
「君にはそういう魔法を人々に教えてもらいたいんだ」
「はぁ?」
どうやらリティスリティアは俺様の事を子供向けの魔法の家庭教師かなんかだと勘違いしているらしい。
そもそも俺様は人に魔法を教えた事など一度たりともない。
なぜならさっきも言った通り俺様が使うようなゴージャスな魔法をそこらの雑魚冒険者が使えるようになるわけがないからだ。
ファイヤーボール程度の下級魔法なら別に俺様が教える程の事でもないしそもそも俺様はそこまで暇ではない。
「なぁ、俺様をからかってるのか? それともそんなに俺様が暇人に見えるのか?」
世界を救えと言っていた癖にそんな雑務まで押し付けるなど俺様を舐めているようにしか見えない。
そう思う俺にリティスリティアはまたも心を読んだのか俺様に衝撃事実を叩きつけてきた。
「あぁ、ごめんね。説明不足だったよ。君がこれから行く世界はまだ魔法を知らない人々が生きる世界なんだ」
「……は? 魔法を知らない? どういうことだ? まさか俺に文明もクソもない原始人の家庭教師をやれって言うんじゃないだろうな?」
俺様がそう思ったのも無理はない。
俺様がいる世界では魔法は全ての人々の生活に溶け込んでいるものであり、冒険者一般人問わずに普通に誰もが使える技術で文明の発達とは切っても切れ離せないものだったからである。
魔法がなければ火を起こすのにも手間がかかるし、綺麗な河川が通っていない土地では水を生み出す魔法がなければ綺麗な水を準備するのにも一苦労する。
何より一番問題となるのが魔獣や魔人などの存在である。
俺様程の偉大な勇者ならばともかくそこらの冒険者では剣だけじゃ倒す事の難しい魔獣なども多いし、魔人が出た日なんぞそれだけで国が滅ぶほどの大惨事となる。
そんな不安定な状態でまともに文明など築く事など困難だと俺は考えたのだ。
だが、そんな俺の考えを否定するようにリティスリティアは言う。
「ちゃんと文明は発達しているよ。むしろ君達がいた世界よりも若干進んでいるくらいかもしれないね。だから心配しなくても頑張れば君が思う以上のゴージャスかつ優雅な生活? ていうのも実現可能だよ」
「ありえんな。魔法が使えない原始人が俺様の世界と同レベルの文明を? 魔人とか魔獣はどうしてるのだ?」
「魔獣か、いることはいるけど君達の世界にいるような強い魔獣はいないし、そもそも数が少ないんだよ。たまに出没したりもするようだけどそういう場合は国の軍隊を使って撃退しているようだね。あと魔人に関してはそもそも存在していないしね」
なんだと? そんな楽園のような世界があるのか?
俺様達のいた世界ではありえない話である。
確かに国軍を使って、魔獣を討伐する事もなくはないが、それだけでは追いつかないくらい俺達の世界には魔獣が溢れている。
だからこそ俺様達の世界では冒険者というものが存在し、そしてその最上位たる勇者は魔人達の王である魔王を討つ役目を担う事になるのだ。
……っていう事は待てよ。
「まさかとは思うが冒険者協会がないなんて言わないよな?」
冒険者協会——文字通り、冒険者達が所属し、それらを統括する組織である。
冒険者協会は世界中あらゆる場所に支部があり、それでいてどこの国にも属さない魔獣討伐を専門とする組織だ。
金さえ払えば魔獣討伐以外の仕事も受け付けてはいるが国家間の争いに類する依頼は基本的に出す事は出来ない。
俺様程の勇者ともなれば国からの依頼も当然来るが、その場合でも冒険者協会を通して依頼は出される事になる。
まぁ今回の魔王討伐に関しては冒険者協会を通じて国から提示された報酬を「少なすぎて無理」と再三に渡って断り続けたら、なぜか国からやってきた使者に連れられるまま国王と直接交渉することになったが、アレは例外中の例外と言っていいだろう。
その時に「嫌なら別の奴に頼めば?」と言った時の国王と大臣達の顔は昨日の事の様に思い出す事が出来る。
なぜかその後、槍を向けた近衛兵に囲まれたりもしたが、それも俺様にとってはいい思い出だ。
俺様がそんな楽しく懐かしい思い出に耽っていると、リティスリティアは何が面白かったのかクスクスと笑い始めた。
「ふふ、ごめんね。また君のご期待に沿えなくて申し訳ないのだけど……ないよ、冒険者協会。だってあの世界の人達にとっての戦いっていえば人間同士の国家間の争いだから」
「じゃあ、俺様の【偉大過ぎる勇者】という二つ名はどうなるんだ?」
本来ならば【異世界の偉大すぎる勇者】となるところなのに、勇者どころか冒険者という概念すらないとリティスリティアは言う。
「んー、個人的には【偉大過ぎる勇者】、良いと思うよ。でもあっちの世界で名乗ったら只の頭痛い子って感じになるかな」
マジか。これ以上に俺様を現すに相応しい肩書、二つ名など存在しないというのに。
「まぁ君が活躍すれば自ずといい呼び名ができるさ。頑張って」
なんて無責任な女神だ。まぁ確かに俺様程の勇者ならばすぐに偉大な二つ名がつけられる点に関しては同意する所だが。
とはいえ、俺様が魔法を全く使えないやつらに魔法を教える?
別に自信がないわけではないが、そんなものは偉大なる俺様がやるようなことではないのは誰が考えても分かる事だ。
「おい、リティスリティア」
「なにかな?」
「その数年後にやってくる悪魔どもは俺様が撃退してやろう。だが魔法を知らない奴らに魔法を教えるというのはゴメンだ」
「でもね悪魔はいっぱいやってくるんだよ。それに悪魔は魔獣も引き連れてやってくる。君は大丈夫かもしれないけど魔法を知らない彼らじゃ——」
「白々しい女だな。俺様がそんな簡単な事を理解できないはずだろう」
魔獣は俺様と比べれば遥かに弱いが、それでも魔法が使える事のできる冒険者でもそれなりに脅威の存在である。
異世界から攻めてくる悪魔どもが少数でやってくるなど俺様も思っていない。
確かに俺様は最強だが知らない所で行われる侵攻まで止めることができるわけがないので、俺様がこれから行く世界の人間にもある程度の自衛の手段を身につけてもらわなければいけないのは俺様も同意する所だ。
「俺様は教えないと言っただけだ。そういう雑務は俺様以外の奴らに任せればいいという話だ」
「えー、でもなぁ」
俺様が言いたい事をかなり前から理解していたリティスリティアは困った表情で誤魔化そうとするがそんな手が俺様に通用するわけがない。
「別に俺様一人向かわせても構わんぞ。だが、そうなったら俺様は何もしないぞ。適当に時間を過ごして、悪魔どもが攻めてきても何もしない。もちろん俺様の邪魔をするやつは消すが、悪魔どもが全滅するまで世界が無事だといいな」
今言った事は脅しでもなんでもない。リティスリティアが俺様を無理やりにでもその異世界に飛ばそうものなら俺様は躊躇なく実行するつもりだ。
俺様がそう言うと、脅しではないとすぐに理解したリティスリティアが小さな溜息を吐く。
「今回は特別だよ。でも2人までね」
「あぁ、充分だ。ちょうどガインの野郎はいらんなと思っていた所だ」
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