第2話 女神のお願い

「……で? その女神様が何の用だ? 俺様のサインでも欲しいのか?」



もちろん女神がそんなものを欲しがるとは思わないが、俺様は嫌味たっぷりにそう言ってやった。

せっかく魔王を倒してこれからがいいとこだったというのに邪魔された俺様には当然の権利だろう。


ちなみにだが目の前の美少女リティスリティアが女神という存在であるという事は俺様は既に受け入れている。

そうでもなければ俺様の奥の手の一つである【聖光刃斬】を何事もなかったように打ち消す事などできるわけがないのだからな。



すると、リティスリティアは胡坐をかいて聞いている俺様を見下ろしながら、よく分からない事を言ってきた。



「ハルトとギー君も中々クセ強めだったけど、今回の子もなかなか」



「誰だそれは?」



「いや、こっちの話だから気にしないで」



「??? まぁいい。そんなことよりもさっさと要件を言え。俺様は忙しいのだ」



俺様はさっさと人間界に帰還して、各国の王共に魔王討伐の報告をしなければならない。

そしてその後は世界を救った偉大な英雄としての生活が俺様を待っている。

優雅かつゴージャスなそんな暮らしがだ。


なんの用かは知らんが俺様はそんなものはさっさと済ませて人間界へと帰るのだ。

俺様がそんな事を思っていると、なぜかリティスリティアは申し訳なさそうな表情を俺様へと向けてきた。



「えーと、ごめんね。君を元の世界に帰す事はできないの」



は? 帰れない?



「うん、君には他の世界でやってもらわなければならない事があるから」



勝手に呼び出しておいて帰さないだと?

しかも異世界へ行け?

冗談はほどほどにしろ。じゃあ俺の優雅でゴージャスな生活はどうなる?



「あ、はは。まぁ優雅でゴージャスな生活はそっちの世界でやってもらうしかないかな」



笑い事じゃねぇぞ! ……って、ん?


俺はリティスリティアの言葉に怒りに駆られながらも途中で違和感に気付く。



「俺様、声に出してたか?」



俺様がそう尋ねるとリティスリティアはとんでもないことを言いだした。



「あー、ゴメン。私、人の心が読めるんだ。心と勝手に会話するなって前に注意されたんだけど人と話すの久しぶりだったからさ」


マジか。


俺が思わずそう思うと、リティスリティアは小さく苦笑いを浮かべながら「うん、マジなの」と答える。


どうやらマジなようだ。


つまりこの女の前では一切の虚偽も通用しないという事になる。

そもそも俺様は思った事は口に出すタイプだから他の人間ほど害はないように思うが、それでもどこか気持ち悪いものを覚える。


そして俺様は大きくため息を吐いた。



「で、俺様にしたいお願いっていうのは」



俺様が頭をポリポリと掻きながらそう言うと、リティスリティアは目を輝かせる。



「やってくれるの?」



「俺様はその世界でも最強なんだろう? だったらそこで優雅でゴージャスな生活を送ればいいだけの話だ」



リティスリティアの願いは魔王を倒して世界を救って欲しいとかどうせそんな所だろう。

もう一度魔王を倒すなど面倒この上ないが、俺様の力があればやってやれないことはない。

それにどうせリティスリティアは俺が首を縦に振るまでここから出すつもりはなさそうだ。


幸いと言っていいかは分からんが俺様はあの世界にそれ程の未練はない。

家族はいるわけでもないし、しいて言うなら俺に剣と魔法を教えた口うるさい爺が一人いるくらいものだ。

それならいっその事、異世界魔王を倒してそこで優雅でゴージャスな生活をしてしまえばいい。



そう思った俺様に「ありがとね」とリティスリティアはそう言ってから俺様へのお願いとやらを口にする。



「君にはとある世界を救って欲しいんだ」



やはりな。俺様の予想通りだ。

俺がそう思っている最中もリティスリティアの話は進む。



「その世界には数年後、悪魔の軍勢が攻めてくるの」



「人間界侵攻か。ベタベタだな」



俺がいた世界も人類は魔界にいる様々な魔人と敵対関係にあった。

人類と魔人は長い歴史の中で一進一退の攻防を続けていたという。

だが、やや人類側が劣勢だったその戦いにも転機が訪れる。


俺様という勇者の誕生だ。


勇者として仲間と共に出征した俺様は当時膠着状態にあった魔王軍四天王軍との戦線を完全に崩壊させた。

前線に出ていた木っ端魔人共は俺の絶大過ぎる剣と魔法によって蹴散らされ奥でのうのうと踏ん反り返っていた四天王の一人は一瞬にして俺の剣の錆となった。

その後、状況を理解した魔王軍は俺達に決死の戦いを挑むことになったのだが、それから2年も持たず魔王は俺に討たれる事なったというわけだ。


つまり、リティスリティアは今回も同じことを俺にやれと言いたいのだろう。

数年後攻めてくる悪魔族の魔人を蹴散らし、魔王を討てとそういうことだ。



「いいだろう。その魔王とやら俺様が討ってやる」



そしてその後に待っているゴージャスかつ優雅な生活を満喫してやろうではないか。

とんだ道草を食わされる事になったが、ゴージャスかつ優雅な生活の前の良い暇つぶしができたとでも考えればそう悪くないかもしれないしな。



「うん、正確には魔王じゃないんだけどありがとう。でも悪魔達がやってくる前にやってもらいたい事があるんだ」



「ん?」



あぁ、魔王がやってくるのは数年後って話だったな。

確かにそれまでに冒険者になり、ある程度の活躍を見せてその世界でも俺様は勇者にならないといけないだろう。


只の一般人じゃその世界の権力者との交渉もなかなかうまくはいかないかもしれないからな。

魔王を倒した時に約束をしていなかったとちんけな報酬を与えられてお払い箱なんてことになればゴージャスかつ優雅な生活など夢のまた夢になってしまう可能性もある。

それを防ぐためにも魔王がやってくる前にその世界の権力者との交渉のテーブルにつける程の力を見せておいた方がいいだろう。



「あぁ、心配はいらん。俺様にかかれば勇者になるなんぞ1年とかかるまいよ」



俺様がそういうとリティスリティアはなぜか少し困ったような表情で俺に笑いかけた。

別に俺は冗談を言ったつもりはない。

事実として2年前の今よりも力が弱かった時でさえ俺様は勇者になるのに1年とかからなかった。

今なら1年どころか半年、下手したらそれ以下の短い期間で勇者になる事も可能だろう。


するとそう思っていた俺様にリティスリティアは思いもよらない事を言い放ってくるのだった。



「あ、えーとね、そうじゃなくて、あの世界の人々に魔法を教えてあげて欲しいの」



そんな事を言うリティスリティアの言葉の意味を俺様は一瞬理解が出来なかった。

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