旅立ちに向け

季節は巡って6月、駅から大学へ向かう少し長い坂道を歩いていると、コンビニのガラス板に「この夏、武蔵野がアツい!」と武蔵野に新しく出来る美術館の宣伝が貼ってあった。

武蔵野と言えば今日の新聞に武蔵野で同じ年頃の少女が失踪した、と言うような記事が載っていた。

何かと僕と武蔵野は縁が深い、なんと言っても僕と美和子が付き合うきっかけになった武蔵野、どう言う訳か僕らは今の大学の付属高に武蔵野台から編入してきたのだった。

特例中の特例で親が金にものを言わせて実現した偶然だった。

「美和子も武蔵野からなの?」

昼休みの会話で地元の話になり僕はその事実を知った。なんだか後ろめたい秘密を共有する連帯感のようなものが、次第に僕らを結びつけて行ったのだった。

「もう夏休みも始まっているし今度ちょっくら2人で、アツい武蔵野の美術館にでも出かけてみるかな」などと僕は思ったのだった。もちろんこの補習をサボって。



6月3日

大変です、コロナのせいでバイトをクビになりました。あの子と結婚する夢も遠のいてしまいました。

もうダメだ、諦めた訳じゃないけど諦めた。つまりは不可能だ。いや、まだまだやれる。スタート地点が変わってしまったのだ、よく準備もせずスタートをきったのだ。そんな僕だからうまくいくはずもない、だからこそ意味があるんだ。



健史のブログが奇妙だったので、いつものドトールで美和子に話した。

「あいつどうしたんだろ、なんだか思い詰めちゃって」

「なんのスタートをきったんだろうね?」

「う~ん、プリンストン大学はジョークっぽいから、なんか今度はみかん農家に弟子入りするとか言い出すんじゃないかな」

「ははは、ポンジュース好きだもんね」

「ところでなんでコウクンは健史くんと似てると思うの?」

「何て言うかポンジュースが好きなのもそうなんだけど、ポンッと何かを飛び越えようとしてるとこと言うか」

「へ~、無事学年を飛び越えられるか怪しいのに?」

美和子に痛いところをつかれたので僕は話を切り替えた

「ところで今度、武蔵野に美術館が出来るらしいんだけど行く?」

「いきなりだね、いいよ」

「いいんかい!」



6月6日

やりました!僕はついに編み出しました!あの子と結婚する方法を編み出したのです。そのためには中学の時に遠足に行ったあの場所でこの力を発揮しなくては成りません。

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