9.感謝する

アルシア3号のコンピューターはカメラで我らが勝利号の破片を検知する。


シールドのレベルが最大になる。普段は宇宙塵避けの為のシールドだが、スペースデブリを防ぐこともできるようになっている。



シールドで防ぎきれないと思われるものはレーザーで焼き切られる。






防ぎきれなかった破片の1つが1番前の放熱パネルに当たる。



放熱パネルの1つが破損するが航行に支障はない。



アルシア3号はほぼ無傷で破片の海を通り抜けることができた。







「救助カプセルを1つ置いていきましょう。」


「ああ、頼む。」



レナの提案に船長が賛同する。



レナはタッチパネルを操作する。






アルシア3号から3メートル程の長さの筒状の物体が飛び出す。底部の蓋が開き、そこから風船のような白い物体が現れ、大型乗用車くらいの大きさまで膨らんだ。


それはイオンエンジンの力で我らが勝利号に近づく。





これが救助カプセルである。普段はただの円筒形の箱だが、宇宙船本体から外れるとガス発生装置が働き、エアバックが開く。


このエアバックは、かまくらのような形をして、中に入ることができる。




エアバックの中の空間は与圧されていないが、宇宙服を着た状態で中に入るとスペースデブリを始めとした飛来物から身を守ったり、活動時間を伸ばしたりできるほか、救助される確率を高める装備が備え付けられている。





まず、エアバックは衝撃や熱に強い素材でできていて、ガスは外壁と内壁の間に入っているのでエアバックの出入り口を開けても漏れることはない。



そして、断熱材と吸熱剤、そして、ヒーターが中にいる者を極端な高温や低温から守り、宇宙服への負担を軽減できるだけではなく、規格が合えば、宇宙服に電力や水を供給することもできる。また、規格が合わなかった時の為のアタッチメントも付属している。




簡易的な通信装置、24時間程度稼働できる小型イオンエンジンとそれらを駆動する超小型核融合炉、50時間分の燃料も付いている。



太陽光パネルも付いていて、恒星に近ければ燃料をを節約することができて、壊れた宇宙服の応急処置をする為の道具も揃っている。




一度に使用できる人数は5〜7人程度である。



脱出ポッドとは比べ物にならないがこれだけの装備が有れば、かなり心強い筈だ。脱出ポッドがあるならば、それで曳航(ワイヤーで繋ぎ、引っ張って動かす)して使うのも手だろう。








宇宙海賊たちはどうなったのだろう?


海賊たちも人だ。常識的に考えれば、助けるべきなのだろう。



しかし、今のレナは恐ろしい考えを実行しようとしていた。





彼女は法律にに従って、救助カプセルを’’1つ’’置いていった。


本来ならばもう1つ置いていった方がいいはずだが、置いていかなくても、責められることはない。






アルシア3号には、脱出ポッドと脱出カプセルがそれぞれ3つしか付いていない。


簡易版脱出カプセルが8つあるが使い勝手はかなり悪い。




今のレナに数少ないカプセルを海賊たちにあげる気は全くなかった。


レナ自身やアルシア3号の仲間の安全のためでもあるが、一番の理由は、レナが海賊を恨んでいたからである。



あの日以来、いつか、復讐心に駆られて、自分も海賊たちのような人になるのではないかと考えることがあった。


その懸念はどうやら当たったようだ。


まさに今、レナは海賊たちを見捨てようとしている。個人的な復讐のために。



レナは覚悟する。


自分は死にかけている者を見捨てようとしている。そして、これは全て自分の責任だ。




レナは目を閉じる。


違う、自分はこんな人じゃなかったはずだ。


もう一人の自分が叫ぶ。




レナは立ち上がろうとする。簡易版救助カプセルなら8つある。


でも、立ち上がれなかった。


駄目だ、もう引き返せない。自分は悪い人間として生きよう。レナは思った。





その時、サムが口を開いた。


「すみません。過去の事例を考えて、ここは、簡易版救助カプセルも1つ置いていきましょう。」



「いいだろう。切り離し作業を頼む。」




サムが席を立ち、レナが続く。簡易版救助カプセルは手動で切り離すしかないからだ。





2人はコアへ続く螺旋階段を降る。螺旋階段にはLEDランプが等間隔についていて、淡いブルーの光の中で、2人は懐中電灯を持って歩く。



小さい頃に友達と肝試しに行ったときを思い出すな、とサムは思う。




「暗いから転ばないようにね。」





サムはレナを見る。暗いのでよくわからないが、レナが微笑んだ気がした。


艶のある黒髪が照明に照らされ、綺麗だった。





階段を下り終えて、丸い金属製の分厚い扉を開けると、コアに入る。



サムはコアの中のひんやりした空気を心地よく思う。


そばにある無数のパイプとダクトも、トンネルのような壁も、頼りない照明の光に照らされ、なんだか幻想的だ。









サムは多分自分はレナのことが好きなんだろうなと思った。


レナと一緒にいると、どんなに難しいこともできるような気がする。




でも、サムは決して打ち明けなかった。


理由は自分でもわからない。


打ち明けたら、同じ船で仕事ができなくなるからかもしれない。仕事に集中する必要があるので当然だ。


もし、別々の船で仕事をするなら、長い間会えなくなることは覚悟しなければならない。


それとも、単に打ち明ける勇気がなかったからかもしれない。


とにかく、今は 打ち明ける必要がないと思っていた。






サムはレナの過去について少しだけ聞いたことがある。ただし、詳しくは知らない。


結局、サムもレナのことについてよく知らない。


でも、レナが誰よりも優しい人だということは知っていた。




だからこそ、サムは驚いた。


レナは救助カプセルを1つしか置いていかなかった。


レナならば、2つくらいは置いていくと思った。



サムは過去の事例を知っている。


救助カプセルを1つしか置いていかなかった船の乗員が人権団体をはじめとした集団から激しい批判にさらされたことがある。



勿論、その船の当時の状況は今のアルシア3号とはかなり違うが、宇宙がどれだけ危険なところか知らない者には同じように見えるかもしれない。


あとで、レナが後悔することにならないといいなとサムは思う。



サムは個人的には、もう1つ、簡易版救助カプセルを置いていっても良いと考えでいるが、自分にこれを判断する権利はない、レナの意見を尊重しようと考えた。




サムは考える。レナもきっと無闇に海賊を見殺しにしたいわけではないのだろう。


ただ..........。






サムは思い切って自分から簡易版救助カプセルを置いていくことを提案しることを決めた。


自信はないがこのままだと絶対に良い結果が待っていないと考えたからである。


少し無責任な感じもするが、これで悪い結果になったら、自分が批判されたくなかったからとでも言って自分が責任を取れば良い。


そう思ったサムは考えを行動に移したのだ。







コアの中を通って、船の一番後ろの機関モジュールに入る。


入り組んだ廊下を進み機関室の横を通る。


機関の音が微かに聞こえる。


スイッチのランプが蛍のように輝いている。


懐中電灯に照らされ、メーターの針が小刻みに震えているのが見える


定期的にここにくるのは、主にサムと船長くらいだが、天井や壁を通るパイプやダクト、ケーブルなどは、どれも掃除が行き届いている。



サムは自分の第二の仕事場をレナに見せることができたことを嬉しく思った。






暫く歩くと、壁に大きなレバーとドアが付いているところに行き着く。


ここが簡易版脱出カプセルの入り口である。




「これを置いていこう。7番。個人的に好きな番号だな。」





サムが黄色い留め金を引き抜き、赤いハンドルを回す。


ガス発生装置が働き、エアバックが開く。



2人で分離レバーを引く、簡易版救助カプセルはアルシア3号から離れ、漂流する。




簡易版救助カプセルは遠隔操作ができないので、漂流させるしかない。


一応カプセルから電波が出ているので、海賊たちがそれを辿ってカプセルを回収できることに期待するしかない。


残念ながら、本当に海賊たちの役に立つかはわからない。それでも、海賊たちが助かる可能性は高くなる。できることは全てやったはずだ。




サムとレナはカプセルが離れていくのを眺める。


サムはレナの顔を見る。


暗くてよく見えなかったが、レナが小さい声で


「ありがと。」


と言ったような気がした。









我らが勝利号のキャプテンは目を覚ます。


強いGで気絶していていたようだ。


周りを見ると、多くの仲間たちは無事のようだ。





脱出ポッドに乗った者は全員助かっただろう。



しかし、今ここにいる者はどうなのだろう。


そう思うと申し訳なくて、顔を合わせることすらできなかった。





突然、窓の外を見ていた者が騒ぎ出す。


「見ろ!脱出ポッドが戻ってきたぞ!しかも、何か曳いている。脱出カプセルだ!皆、脱出カプセルがあるぞ。」




「脱出だ。宇宙服を着るぞ。」



「注意しろ、船のあらゆる場所が損傷している。」



ブリッジの中が慌ただしくなる。


1人が船外活動用や脱出用の宇宙服を取り出し、もう1人が全員に配る。




もしかしたら、全員が助かるかもしれない。そのような希望が生まれた。



しかし、宇宙服を装着している最中にも、数回が爆発が起き、船体が大きく揺れる。




ブリッジの中の気圧が下がり始めている。


毒性のある燃料も漏れている。


有毒なガスが漂ってくるかもしれない。




急いで宇宙服を装着した一行はエアロックへ向かう。




まさにその時、大きな爆発が起きる。




船が回転し始める。




手摺りにうまく掴まることができなかった者は、宙を舞い、壁に叩きつけられる。





ダクトが外れ、部下を庇ったキャプテンをの腕と脚に当たった。


部下は無事だったがキャプテンは大怪我を負った。




キャプテンは自分は脱出できないことを悟った。


このままだと自力で動くことも難しいうえに、脱出カプセルに入った時に大きなスペースをとることになる。


もし、カプセルが2つあれば問題ないかもしれないが、今回は1つしかないようだ。



「君たちだけで逃げろ。」




「そんなことできません。」



「こ、これはキャプテンとしての命令だ。従え。どうせカプセル1つに全員は乗り切れない。」




「し、しかし......」



「早く!行け‼︎」






最終的に部下たちはキャプテンの命令に従った。






キャプテンは1人、静かなブリッジの中に残る。





爆発が止んでいる。


しかし、船は長くはもたないだろう。


脱出カプセルをくれた、商船の乗員に感謝する。




キャプテンは目を閉じる。壊れた宇宙服が機能を停止しそうだ。


これで終わりなのだな、とキャプテンは思った。








誰かに運ばれている気がする。キャプテンは目を開けようとするが、うまくいかない。何か白いものが見えた気がした。


死ぬと天使が迎えにくるらしい。


自分のような人でも天使が迎えに来るのだろうか。







気がつけば、白い空間にいた。



隣にいるのは彼女の部下の1人だった。



「お前、どうしてここにいる。逃げたのではないのか?」



「それが、あの商船、カプセルを実は2つ置いていったんです。ですから、爆発が止んだ隙に数人がかりで船に戻ってキャプテンを救出しました。」




その後、キャプテンは暫く何も考えることができなかった。ただ、あの商船の乗員にひたすら感謝したのは覚えている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アルシア3号、応答せよ! オレンジのアライグマ【活動制限中】 @cai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ