外3.プロフェッショナルの活躍 その1
管制基地は、宇宙船を安全に運行する上で、欠かせない施設である。宇宙船が増える一方の現代では、その役割はますます重要となるだろう。
故に航宙管制官は子供達にも人気の高い職業である。
しかし、管制官の資格をとるのは難しく、また、常に緊張を強いられ、身体を壊す人も多いので、管制官は常に憧れの対象である。
しかし、そんな管制官の日常を知っている人は多くは無い。
「クルン船籍大地の恵号、貴船はまもなく当管制区域を離れます。良い旅を。さようなら。」
「スミー船籍ヴァーン号、こんにちは。ただいま港が混雑しております。水先案内人が乗り込みますので、前に見えます小型船とドッキングしてください。」
「緊急出動要請。フェーン船籍春の夜明け号で小規模な火災が発生した模様。消防隊と救助隊は今すぐ出動願います。場所は..........」
「救助艇、光301号、最優先ですね。わかりました。すぐに他の船を退避させます。」
惑星フェーンの管制基地はいつも大忙しだ。
特に今日はつい先程まで、政府のチャーター船、宇宙のオアシス号が停泊していて、警備が大変だった。
勿論いつものように急病人や、船の故障などの対応もしなければならない。
管制室の中を見てみよう。
暗い管制室の中心には天体と船の位置を示す立体ディスプレイが設置されていて、それをを中心に同心円状に管制官の机が配置されていてる。
管制官らは自分の机についた小さなディスプレイ(立体では無い)を睨みながら、無線で船とやり取りしている。
1人の管制官が心配そうにディスプレイを覗く。(地球の時間に換算して)約5時間前に出港した貨物船と連絡が取れないのである。
本来なら、管制基地と貨物船の間をドローンが行き来して、情報のやり取りをするのだが、ドローンは貨物船を見つけることが出来なかった。
ドローンは船が出す電波を受信して、位置を特定するので、管制官は貨物船はなんらかの原因、例えば、故障などで貨物船が電波を発信できない状態にあると考えた。
既に、捜索用ドローンと救助船からなる捜索隊を手配したが、見つけるには、少々時間が掛かるだろう。
ここからもう管制官の仕事では無い。捜索隊に任せるしか無い。なるべく早く見つかるといいなと管制官は思った。
先程とは別の管制官が上司を呼び止める。貨物船が到着予定時刻から3時間過ぎても港に現れないのだ。
4時間にドローンによる通信を行ったがその時はなんともなかった。
貨物船は忽然と姿を消したのである。
管制官は上司に捜索隊を派遣するべきか尋ねる。
上司は管制官にあと30分様子を見るように指示した。
管制官は別の船にメッセージを送る。
「ヘサ船籍新しい世界号を見た船がありましたらご報告ください。300ルー(約550メートル)級の三島型コンテナ船で、クリーム色の船体にオレンジ色の帯が入っています。運行会社はウエストヘサ社、側面に会社のロゴマークが大きく描かれています。宜しくお願いします。」
メッセージを保存したドローンが次々と、管制基地から発射される。
しかし、返信してきた船で新しい世界号を見たという船はいなかった。それどころか、返信が来ない船もあった。
ドローンが船を見つられず、そのまま基地に帰ってきたのだ。
管制官はこのことを上司に報告した。
事態を重く見た上司は、全ての管制官にこのことを伝える。
「幾つかの船と連絡が取れなくなっている。通信障害が発生しているだけかもしれないが、重大な事故が発生した可能性がある。連絡の取れない船があったらすぐに報告するするように。」
調べるとなんと8隻も消息を絶っていた。
このことは他の関係者にも知らされる。
ある者は事件性がないか調べ、またある者は品質に問題がある部品が出荷されてないか、問題のある整備士はいないか調べる。
ミュー社はフェーンで貨物宇宙船を運行する会社で、貨物船の数はウェルン社よりも多い。貨物一筋ならではのサービスと遅延の少なさで顧客にも信頼されている会社だ。
社長のミュード氏は真面目で、融通が効かないという印象が強いが、実は温厚で人間味がある人物だ。
実際、社員からも支持されている。
実は、彼女にはヒーローになりたいという誰にも言えない夢があった。
だから、彼女は会社の中に限られた人しか知らない部門を造った。
秘密のテロ・海賊対策本部である。通称は、「ミューの精鋭部隊」だ。
今、多くの人がこの周辺に海賊や武装集団は出没しないと考えているが、ミュード氏はそれは、間違っていると考える。
それだけでは無い。自分の物を取られるのが大嫌いな彼女は、まだ父から会社を受け継いだばかりの頃、海賊や武装集団に船の積荷を奪われたことを未だに根に持っていたのである。
5年もの歳月をかけて作った精鋭部隊は、自社の船を海賊や武装集団から守るのに十分だったが、彼女はフェーン周辺を航行する全ての船を守れるまで規模を大きくしようと計画していた。
(ゆくゆくは全銀河の平和を守る組織を作るという壮大な夢を持っているのは秘密である)
今日もミューの精鋭部隊はドローンを飛ばす。
このドローンは船から発信される様々な電波を受信する。ドローンが受信した電波はミュー社の基地で専門知識を持った職員が分析する。
3年間同じことをしてきたが、これらの作業が役に立ったと思われたことは一度も無かった。
それでも、自分の仕事の重要性を知っている職員たちは丁寧に仕事をこなす。
1人の職員が表情を変える。
何も無いところで通信用の電波を発信している船がいたのだ。
通信用の電波は、相手がいる場合しか使われない。
なのに、その船の近くには他の船も基地もない。
「変だね。詳しく調べてみよう。どこの船だ?」
リーダーの指示で職員は送られてきたデータを詳しく調べる。
「う、うちの船です‼︎星空の街号、カム船長の船ですね。で、では、受信したものを再生します。」
職員が記録された音声を再生する。
ザーザーと砂嵐のような雑音が流れる。
しかし耳をすますと、雑音に混じって微かに会話を聞き取ることができた
「積荷を.......で縛って、.....................乗員たちはお.....................」
「ブリッジ内の会話だと思われます。」
「様子がおかしい、おかしいすぐに音声を解析しろ。」
ドアが勢いよく開いて、男が部屋に入ってくる。
「大変だ!うちの会社の船が消息を絶った。星空の街号だ。」
「そうか、丁度良い。まさに、その星空の街号から受信した電波を解析しているところだ。」
別の職員が重大なことに気づく、星空の街号から送られたのは、音声だけではなく、ブラックボックスに記録される全てのデータだったのだ。
エンジンの稼働状況から乗員がどのような操作をしたのかまで丸わかりだ。
「さすがうちの会社の船だな。」
ミュー社の船は一定時間以上、他の船か管制基地と交信しないと、ブラックボックスに記録するデータを全てを強制的に外部に送信しようとするという機能が付いている。
ハイジャック対策である。
職員が不審なデータを見つける。
「ドッキングポートが使用中です。どんな船とドッキングしているかは、わかりません。」
「なに!!!!」
「それから、ウ、ウイルスです。船のコンピューターがコンピューターウイルスに感染しています。」
「まずい、ハイジャックだ。皆に知らせろ!」
職員は机の上の赤いボタンを押す。
関係者にハイジャックが発生したことが知らされる。
政府や宇宙保安部、管制基地にも連絡が行くだろう。
音声の解析も続けられる。
「俺................番目だ................じゅん.....................うえ.....ぐ................あ..........」
「待て、止めてくれ。巻き戻して、さっきのところ、もう一度。」
「俺たちが........番目だな。ま..........な。しょ.............................」
「もう一回。」
「俺たちが........番目だな。まあまあだな。...........賞与.............しれない。」
「俺たちが4番目だな。まあまあだな。この調子..........あとで賞与をもらえるかも..........ない。」
「おい、聞いたか?」
「ええ、もう一度流します。」
「俺たちが4番目だな。まあまあだな。この調子で頑張れば、あとで賞与をもらえるかもしれない。」
「大変だ!!!!本社や政府だけではなく、他の会社の連中にも知らせろ!他にもハイジャックされた船があると。」
ハイジャック少なくとも4件同時にが発生したことは、政府、宇宙保安部、管制基地そして、宇宙船を運行している他の会社にも知らされる。
しかし、会社の情報収集能力を外部の人間に知られないように、管制基地には、どのようにしてハイジャックが発生したことを知ったのか知らせなかった。
また、他の会社については匿名で通報した。
他の会社の対応は様々だった。一部の会社は匿名の通報であることを理由にいつもの悪戯だと判断し、何もしなかった。
一方で、過去にハイジャックやテロが多発した星に本社を構える会社を中心に、事態を重く見た会社もあった。それらの会社は、緊急会議を開き、管制基地や政府に事実関係を確認した。
管制基地内は混乱していた。壁についたモニターに船の名前と船籍が表示されている。
白く表示されたものは連絡を取ることができ、且つ安全が確認された船。赤で表示されているのは消息を絶った船である。
管制官は付近を航行する船に1隻ずつ連絡をして、状況を把握したあと、注意を呼びかけていた。
確認されているだけでも6隻の貨物船と客船が消息を絶っている。
その管制基地にたった今、驚くべき情報がもたらされた。それは、貨物船を運行しているミュー社からのもので、宇宙船が少なくとも4隻ハイジャックされたというのだ。
担当者がそれは信頼できる情報なのか、どこからそんな話を聞いたのか問うと相手は何も答えなかった。
暫くすると、宇宙船を運行するたくさんの会社からハイジャックが発生したと匿名の通報がきたが、本当かという問い合わせが相次いだ。
「まったく!とんだ悪戯だ!」
1人の管制官が叫ぶ。
「いや、まだ悪戯と決まったわけではない。あのミュー社のことだし、もしかしたら、独自の情報網でも使って、本当に信頼できる情報を掴んだのかもしれない。」
「ハイジャックが発生したことは確認できませんが、とりあえず複数の船が消息を絶ったことは公表しましょう。」
「わかった。発表しよう。特に、これから出航しようとしている船には注意を促せ。何か変わったことがあったらすぐに連絡を入れ、引き返すように伝えるんだ。」
「出航を許可しても大丈夫なのですか?」
「ああ、まだハイジャックが発生したと決まったわけではないのに、これだけの船の出航を禁止はできない。」
管制基地の担当者はフェーン宇宙港から出航することを禁止するという命令を下せなかった。
そこに年老いた管制官がやってくる。
「私は、止めるべきだと思う。何人もの命がかかっているのだ!」
彼は昔は優秀な管制官だったが、新しい設備に対応できず、最近は活躍することもめっきり減って、近いうちに引退するのではないかと噂されていた。
「こんなことを言っちゃあれかもしれないが、嫌な予感がする。ぜ、ぜ、全責任は私がとる。30分、30分だけで良い。今出航を準備している船を待機させてくれ。」
担当者は腕を組み、天井を見る。
「わかった。15分待機させよう。責任は私がとる。」
「ありがとうございます。」
「皆、今出航をしようとしている船を15分間待機させろ、船には15分後に安全が確認されたら、すぐに出航を許可すると伝えてくれ。」
その頃、数隻の宇宙船が消息を絶ったという情報が発表された。詳しいことは発表されず、一体何隻の船が消息を絶ったのか、事故か事件かも明かされなかったが、宇宙船を運行する会社の行動は早かった。
ある会社は自社の全ての船に向けて注意を促すメッセージを送り、また別の会社は全ての便を欠航にし、船を点検を行った。
地球を本拠地としているインスパイア社はすぐに停泊している全ての船で点検を行い、航行中の船には注意を促すメッセージを送信した。
これがそのメッセージである。
「貨物船と客船が合わせて4隻行方不明になっている。注意せよ。」
当時、情報が錯綜したので行方不明になった船の数が実際より少なく伝えられた。
しかし、すぐにメッセージを送信できたのは、現場の職員の努力の賜物だろう。
フェーンの政府と宇宙保安部は真実を知っていたが、犯人を刺激することと、パニックが起こることを恐れて正しい情報を公表しなかった。
秘密裏に作戦会議が行われる。
基地に停泊している巡視船や戦闘機は機関(この場合、エンジンではなく核融合炉を指す)を始動し、暖機運転を始める。
既にに出航ができる状態の巡視船や任務にあたっている巡視船が1隻を残して、船が消息を絶った場所に向かう。
残る1隻は政府のチャーター船、宇宙のオアシス号を追いかける。
基地からは早くも暖機運転を終えた戦闘機が発進する。大きな機関を搭載した巡視船はまだまだ時間がかかりそうだ。
フェーンの宇宙港から少し離れた場所にミュー社が所有するいかにも古そうな宇宙ステーションがあり、表向きは社長のコレクションをしまう倉庫だと言っている。
しかし、それは半分間違っている。
実はこのボロくてみすぼらしい宇宙ステーションこそがミューの精鋭部隊の宇宙基地なのだ。
そして、先程言った社長のコレクションとは、ミュー社のコーポレートカラーを纏った宇宙戦闘機と宇宙巡視船などである。
社長は複数の星の軍や宇宙保安部と関係を持ち、そこから古くて、廃棄処分になる予定の戦闘機や巡視船などを安く購入し、そのうち、状態の良い個体を修理して、さらに独自の改造を施したのである。
破壊力の高い武器は取り外されているものの、主要部品の状態は非常に良く、機体本来の性能は決して悪くない。防御力も高い。
自社の貨物船を守るには十分だろう。
それどころか、これらの戦闘機には武器が取り付けられていて、攻撃力においては宇宙保安部のほぼ非武装(武装したものもあるが普段はあまり使われない)の戦闘機を上回るはずだ。
戦闘機は一斉に機関を起動する。会社が開発した企業秘密の技術を、全て注ぎ込んだ機関は1発でかかり、すぐに暖機運転を終えて、機内で消費される全ての電力を賄えるようになる。
「電力の供給を外部給電から機関と機内バッテリーよる給電に切り替えます。機関、正常。電力供給、正常。コンピューター、正常。..........全システム正常。」
「
貳號機は基地から切り離される。
メインの比推力可変型プラズマ推進エンジンに青白い光が灯る。
続いて、
宇宙保安部が到着する前に消息を絶った自社の貨物船の救出を行うのだ。
比推力可変型プラズマ推進エンジンの神々しい光は、あっという間に星と見分けがつかなくなった。
その他にも、数隻の救助艇と十数機の戦闘機とドローンがいつでも機関を始動できる状態にある。
管制基地では依然、船の安否を確認する作業が続けられ、ハイジャックが本当に発生したのか確認する作業も同時並行で行われている。
消息を絶つ船は増える一方で、いよいよハイジャックの可能性が現実味を帯びてきたと感じられた。
担当者に連絡が入る。政府からだ。
内容はこうだ。
確かにハイジャックは発生した。政府と宇宙保安部が対策を行なっているので、心配はいらない。ただし、宇宙保安部の指示に従うこと。それから絶対にこのことを外部にもらしてはいけない。
その時、1人の管制官が叫ぶ。消息を絶った新しい世界号がフェーンの宇宙港の近くに現れたという情報が入ったのだ。
新しい世界号は電波を出していないので、管制基地のレーダーでは捉えることができないが、近くを航行している船から提供された情報で、現在新しい世界号がいる大まかな位置を推定できた。
「港に停泊して、身代金でも要求するつもりか?それとも、実はただ単に通信機器が故障しただけだったりしてね。」
「実は大したこと無かったりしてな。」
「新しい世界号はともかく、他の船はどうなんだ?一度に十数隻の船が通信機器を壊すなんてあり得ないだろ?」
「静かに‼︎ハイジャックは確かに発生しているそうだ。」
「新しい世界号はこちらに向かっているそうだ。それから、ドッキングポートに正体不明の船がついているらしい。」
「他に変わった点は?」
「静かにしてくれ。今聞いている。ん!待ってください‼︎今なんておっしゃいましたか?」
「なんだと‼︎ちょっと待ってください!もう港に近いのに減速していないのですか?それどころか、加速をし続けていると!!!!」
「ま、まずいぞ!!!!港のどこかにぶつける気かもしれない!!!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます