第8話 恋人たちの会話

 エナの祝祭日の夕方。

 学校からの帰り道を、周囲に関係を明かしたリーダムとレティが隠すことなく一緒に歩いていた。

 幡から見ると仲睦まじそうな美男美女のカップルだが、なぜかリーダムの方は残念なくらいげっそりとした表情を浮かべていた。

 受け取らない、と公言したはずだったのだが予想とは異なり、登校するなり贈り物が机の上に山のように置かれていたのだ。それでも律儀に受け取れない、と女子生徒たちに懇切丁寧に説明して謝罪して返却してまわり、結局、こんな遅くになってしまった。


「ごめんね」


 唐突にリーダムが声をかけると、レティが小首をかしげる。


「帰るのが遅くなっちゃったこと?」

「それもなんだけど……今日は受け取らないって言ってたのに。結局受け取ってきちゃって」


 申し訳なさそうなリーダムが答える。肩から下げた鞄、そこには一つだけリボンのついた小袋が入っていた。

 受け取らず返してまわっていたにも関わらず、ある一つの品物だけは受け取ってしまったのだ。


「もしかして、受け取っちゃったのって、鞄から覗いている袋のこと?」

「そう。他の物と明らかに様子が異なっていて、気になって。で、中を覗いたら、これは受け取りたいって思ったんだ。なんでそう思っちゃったのかはわからないけど」


 ぽつぽつと話すその口調は、リーダムにしては珍しいものだ。そもそも一度決めた約束は守るタイプなので、覆してしまうことも珍しい。本人もなんでそんなことをしたのか、うまく整理しきれてないらしい。

 その反応を見て、レティは怒るよりも興味がわいた。


「何を貰ったのか、見てもいい?」

「いいよ」


 幼馴染のことを信頼してリーダムが件の小袋を渡した。

 まずは袋を開けずに袋の外観を眺める。

 落ち着いた無地の青い巾着型の袋で、縫製がしっかりとしている。留めているリボンもおしゃれで、男性であっても何か小物を入れたり整理するのに使えそうだ。

 中を開くと、そこにはパイル地の紫色の格子模様のハンカチと、柄の異なる黒色のハンカチが入っていた。

 そして、ハンカチに押されるように隅っこにメッセージカードが入っており、取り出すと仄かな柑橘の香りが爽やかに鼻腔を撫でる。

 カードには、エリザ、という宛名とともに、

『ありがとう。エナの祝福がありますように』

 と、あっさりすぎるメッセージが書かれていた。

 カードを撫でながら、レティが微笑む。


「ああ、なるほど。これなら確かに受け取りたくなった気持ちわかるわ」

「え? わかるの?」

「何年付き合ってきたと思ってるの。袋も中身もあなた好みのものじゃない。それに、このパイル地のハンカチ、最近売り出されたものだけど、売り切れ続出してるし流行にも則ってる。見た瞬間いいなって思ったでしょ?」

「確かに」

「この時点でかなりあなたのことを見て、好みや流行を調べて品物を選んだってわかる」

「す、すごいね。贈り物から読み取るなんて」

「そりゃあ、昔贈与士からいろいろレッスンを受けたもの。贈る側の気持ちはよくわかるわ」


 だからでこそ、女子生徒はこのエリザが贈った物がどれだけ異質なことかわかる。

 基本的にエナの日は、相手と結ばれることを全力で目指す、戦争のような日だ。

 たとえそれで結ばれることがなかったとしても、贈った品物やそのセンスによって、後々の社交界での評判につながる。そのため、贈る方も受け取る側もエスカレートしてしまっていた。

 それを、ここまで目立たず高価でない素朴なものを選んだことから、名声を考えてないこともわかる。


「本来エナの日のメッセージには、どれだけ想っているかを書いた上で、贈る想いを祝福に見立てて“あなたに祝福を”で文を閉じる、“祝福がありますように”で閉じてる。対象も書いてなければ、願うように書いているということは、他の人から祝福、想いを贈られることを知った上で書いているんじゃないかしら」


 そのことからも、贈ったエリザという子がリーダムと結ばれることを望んでないということがわかる。


「なんというか、今までのエナの日って“私を見て”っていう気迫というか、気持ちを押し付けてくるような印象が強かったんだけど、メッセージを見ても、この子のは、そんな感じがしなかった……」


 話しながら途中で、ああ、そっか、とリーダムは気づいた。


「メッセージのとおり、純粋に感謝の気持ちがこもったものだったから、受け取りたいって思えたのかな」

「いいな。こんな風に感謝を伝えることもアリなんだって広まれば、贈る側の女の子も受け取る側の男の子も気負わずにいられる日になるのに」


 レティの言葉を受けて、リーダムがそうだね、と苦笑した。


「ただ、よく君も怒らないね。他の女の子から贈り物をもらったって、下手したら浮気って思いかねないのに」

「なんで? こんな素敵な贈り物ができる女の子に惚れられる彼氏って、彼女として鼻高々じゃない? むしろ、こんな健気な女の子の気持ちに気づける彼氏でよかった、と思ったわ」


 強気に言い切る彼女の微笑み。

 何気ない物事から宝物を見つけた、と言わんばかりの清々しい笑顔。

 一瞬、その笑顔に見とれた後で、彼氏としてリーダムは嬉しそうに笑った。


「まったく、いつも僕の心臓エナの鐘を激しく鳴らしてくれるのは、君だけだよ」


 二人で想いを確かめ合いつつ、通学路の道を穏やかに歩んでいく。

 競争とか面子を気にせず、こんな穏やかな気持ちになれるなら、エナの日も確かに悪くない。

 そう思いながら、ふと贈り主であるエリザという子のことを思い浮かべる。

 願わくは、来月の感謝祭の日に、彼女にも祝福がありますように、と心の片隅で祈った。


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