第9話 戦過ぎて恋天使が夢のあと

 エナの祝祭日も終わり、再び休日。

 基本、祝日でも無休な贈与士ギルドの本部では、エントランスのイベントブースの模様替えを行っていた。

 エナの日が終わった後は、すぐ感謝祭が待ち構えている。急ぎ切り替えのために、依頼が終わって、ひと段落ついた贈与士たちが模様替えの手伝いに駆り出されていた。

 ただ、実態はというとエナの日に関する愚痴大会である。


「はあ、アタシのところ、エナの日の前から猛アタックかけてたんだけど、結局結ばれなかったのよね」

「うちのところもそう、あんまり見せつけるようにしない方がいいって忠告したんだけどね」

「結ばれませんでした、で終わればいいけどさ、こっちは悲惨よ。結果につながるよう贈与士ギルドに依頼したというのに、なんだこの体たらくは! って親から罵声が飛んできたわ」

「うわ、最悪。私たちがするのはあくまでアドバイスであって、結ばれますって保証するもんじゃないっての。結局くっつくのくっつかないのって本人たち次第なんだから」


 女性の贈与士たちがエナの日の依頼で溜まった鬱憤うっぷんを吐き出していく。

 エナの日を裏で支える贈与士の本音なんてこんなものだ。


「神書に書かれている恋天使クピドもこんな愚痴を抱えているんだろうな……」


 聞いたら、一緒にするな、と怒られるかもしれないが。

 例年どおりだったら、彼女たちに混ざって愚痴の一つでもこぼしたくなったかもしれないが、今年に関しては陰湿な感情は起きたりしなかった。

 それは良くも悪くもまっすぐなお嬢様のおかげかもしれない。


『先生、レガロ、ありがとう』


 エナの日が終わった後、一度だけエリザに会ったが、長かった金髪をばっさり切って雨季終わりの空のようなすっきりとした笑顔を浮かべていた。

 無事に渡せたようで、リーダムがクラブ活動の時に贈ったハンカチを使っているのを見た、と話していた。

 エリザがリーダムとのことを話したのはそれだけだ。

 それ以上も、それ以下のこともないのだろう。

 貶されることなく想いを受け取ってもらえたことは喜ばしい限りだが。できるのならば別の形で報われてほしいと思うのは、願いすぎだろうか。


「レガロ君、ぼーっとしてどうしたんですか?」


 感謝祭用の菓子箱を抱えたミアに問いかけられ、はっとする。


「いえ、別に」

「エリザさんのことを考えていたんですか?」

「そんなことは……依頼はもう終わったんですから」


 視線を逸らし語尾を濁すと、師匠が、にまあ、とした笑みを浮かべる。


「おやあ? 言い聞かせるように言うってことは、当たりってことですね」

「…………師匠って本当に目ざとい上に地獄耳ですよね」

「それ、褒めるように見せかけた悪口ですよね。そんな悪いことを言う口はこの口でしょうか?」

「いだだだだっ! すいません、すいません」


 目が笑ってない怒りの微笑みを浮かべながらミアが俺の頬を捻りあげ、思わず悲鳴をあげる。


「あの、すいません」


 声をかけられて、視線を向けると、ミアの後ろに少年が立っていた。

 年齢はエリザと同じくらいかやや上だろうか。平均的な身長ながらも、均整のとれた体つきが背を高く見せる。焼けた茶色の髪の下の無表情で無愛想にも見えてしまう。しかし、その奥で慎重に相手を待つやさしい雰囲気が漂っていた。


「どうしましたか?」


 怒りの微笑みからいつもの、贈与士としての微笑みに素早く顔を切り替えながら、ミアが問いかける。

 師匠の表情筋ってどうなっているんだか。


「あの、感謝祭の日に贈りたい人がいるんです。それで、相談に乗っていただきたくて」


 感謝祭は基本、エナの日の返礼として男性が女性に贈り物をする日だ。

 元々好意を持っている相手に好意を返す日でもあるので、相手に気を惹かせようとするエナの日よりも、品物を選定しやすく、結果も穏便に済むことが多い。

 経験の浅い若手の贈与士が依頼を受け取ることになるだろう。


「わかりました。では、受付の窓口の方へ案内しますね。手続きされた後、贈与士を紹介させていただきます」


 ミアが案内しようとしたところで、すいません、と少年が止めた。


「あの、手続きをすればあなたにお願いができますか? どうしてもあなたに担当していただきたいんです」

「えっと、それはどうして?」

「実は、エナの日でその相手は僕じゃなくて別の人に贈り物をしてたんです」


 んん? 別の人に贈っている? しかも、貰ってないのに、返礼したいとはどういうことだ?

 まさか、横恋慕?

 疑問符を浮かべて怪しいと思いながら少年を見ていると、目の前の少年が警戒されていることに気づいて、否定するように手を振った。


「ち、ちがうんです。あなたなら事情をご存知な上、こんな型破りな依頼でも乗ってくださると思ったんです。その、贈りたいと思う人の名前が……」


 少年から名前を告げられた瞬間、俺は驚いた。

 まあ、とミアが口元に手を当てた後で、嬉しそうに微笑んだ。


「わかりました、一緒に受付に行きましょう。あなたの想いを届けるお手伝いをさせていただきます」

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