第7話 夕暮れと涙雨

 待ち合わせにしている駅前で待っていたのだが、いつまで待ってもエリザが来ないため、学校近くの夕暮れの王都がよく見える公園に行くと、ポツンとエリザがベンチでうずくまっていた。

 ゆっくりと師匠がベンチに近づくと、そっと何も言わずに隣に座る。


「……レッスンなんて意味なかったじゃない」


 ぽつりと、エリザが言葉を漏らす。対して、ミアは何も答えずに次の言葉を待つ。


「古くさい習わしに従って、贈り物で愛を確かめあう行事? そんなの嘘じゃない! 女子は自分のセンスを見せつけるためだけに贈って、男子は将来の箔をつけるために受け取った数を競ってる! 誰も愛とかそんなの込めようとも受け取ろうともしない、こんな行事になんの意味があるっていうの!?」


 エリザの悲痛な叫びが周囲に響く。


「そんな中でも、一番馬鹿なのはアタシよ。真っ正直に気になった人に贈ろうとして、その人のことを知ろうとして、そのうちに本気になったりして」

「……」

「その人には心に決めた人がいて、面子のために黙ってた。知らずに、本気になったりして、馬鹿みたいじゃない……」


 膝を抱えながら、エリザが俯く。

 カフェでミアとともに聞いたリーダムの裏事情を、エリザも知ってしまったのだ。


「辛い、ですよね」

「当たり前よ! あなたの言ったとおりに、彼のことを調べたりしなければ、知らないですんだし、こんな思いになって傷つくことはなかった! だからここまで本気になんてなりたくなかった!」


 相手のことを知らないまま贈る方が楽なこともある。百貨店でミアはそう話していた。

 知らないで贈っていた方が、事実を知っても傷は浅かっただろうし、相手を見ることで自分の気持ちを自覚することもなかったからショックも少なかったはずだ。

 そう考えると、相手のことをよく知らないまま贈る、ということは確かに楽なのだろう。恋愛に絡むことならなおのこと。

 ミアがあらかじめ話していた、ということは相手が既にいる可能性をある程度考えていたのだろう。

 本来なら、淑女修行の一環として教える場合、相手をよく見て贈り物を決める方法なんて教えなくとも成り立つ。しかし、あえてミアはエリザにそのことを教えたのだ。

 なら、なんのために?

 なじられて沈黙が流れた後で、ミアが口を開く


「本気になりたくなかった、ということは、前も本気になったことがあるってことですか?」


 ミアの指摘に、エリザが驚いた表情を浮かべてミアのことを見る。


「エリザさんが物色しているときに手に取ったものを見て、ずっと疑問だったんです。どれも、人気で品数が少なくなってメインの棚から外されたものばかりだったから。見る目が確かなのに、何故あえてずれた物を毎年贈っていたのか、と。やはり、わざとだったんですね?」

「……本当に、先生はよく見てるのね」

「それが、贈与士というものですから」


 呆れたように話すエリザの言葉にミアが困ったように微笑んだ。

 夕暮れの王都を眺めながら、少しずつエリザは昔あったことを話し始めた。


 上級学校の第一学年のころ。エリザはエナの日に初恋の人に贈り物をすることにしたそうだ。

 真剣に好きだったから、本気でえ抜いて選んだそうだ。悩みすぎて、前日の日には受け取ってもらえるか心配で寝付けなかったぐらいだ。

 そして、当日。エリザの不安は的中した。

 初恋の相手から目の前で、贈った物を捨てられたのだ。

 理由は、初恋の人の好きな相手から他の物を受け取らないでって頼まれたから。


「ほんと、今考えてもおこちゃまよね。実際おこちゃまだったけど」


 茶化すようにエリザが笑い飛ばす。

 贈り物をぞんざいにすることは気持ちを踏みにじったことも同然だ。気持ちを踏みにじられて、どれだけエリザが傷つき、悲しんだか。

 笑い話のようにエリザは語っているが、その裏ではまだ引きずっていることがわかる。


「エリザさん……」

「ごめんなさい、ミア先生。さっきあたっちゃったけど、先生は何も悪くない。真剣にお仕事しようとしてくれただけだもの」


 原因となった出来事を話したことによってすっきりしたのか、エリザが頭を下げた。


「今年は、どうするのですか?」

「せっかくだけど、ナシにしようと思うわ。本気の相手がいるとわかった以上、贈るのは逆にリーダム先輩を困らせてしまうもの」


 エリザらしい、潔い発言である。ただ、俺の中にはもやもやとした感情が残る。


「いいのか? 両親がまた悲しみそうだけど」

「かまわないわ。ちゃんと理由を話せばわかってくれる」

「確かに、許してくれるだろうけど、評判は覆されないのがな……」


 俺が言葉を濁しながら、眉間に皺を寄せる。すると、エリザが笑い飛ばした。


「別に、センスがないって噂されたくらいで死ぬわけじゃないもの」

「センス云々とかの問題じゃなくて、誤解されたままということが、どうかって思ったんだ」

「あら、レガロ、不機嫌そう。実は怒ってくれてる?」

「そんなんじゃない!」


 空元気に茶化してくるエリザに思わずかみつく。これじゃ不機嫌なことを露呈しているだけだと気づき、さらに不機嫌になる。

 そこへ、考えこんでいたミアが口を開く。


「相手がいるから、といって贈ってはいけないわけではないですよ?」

「え? だけど愛を伝えるって」

「別に、両想いになれないなら贈ってはいけないなんて決まりはありませんから」

「けど、贈るってこと自体が、思われてもおかしくないのでは?」


 俺が問いかけると、ミアが首を振った。


「それは、贈り物の内容と添えるコメント次第ですよ」

「けど、先生、私はもうあの人には」

「あきらめてしまった、けれどそれまでの想いは? 選んでいるときのエリザさん、とても楽しそうな表情をされていましたよ?」

「あ……」


 確かに、物色した時とか、きっかけを話す時は、いい笑顔を浮かべていた。


「どうでしたか? 贈るときの相手の笑顔を想像したり、相手のことを知ることは? 本当に辛いことばかりでしたか?」

「いいえ、楽しかったし、心が温かったです。結果はどうであれ、いろんなことを知るきっかけになったので、そのことは感謝したいです」


 ミアから問われて、エリザが贈り物を考えているときと同じような、温かな笑顔を浮かべていた。


「ただ、両想いまでは願わないけど好きだったっていう想いを伝える、ってなかなかに難関な気もしますが。それに、受け取ってもらえないかもしれないですし」

「何をおっしゃいますか。それこそ、贈与士の腕の見せ所というものです。物を受け取っていただけなくとも、想いが伝わるようにするのも大事なことですし。と、そうそう、贈り物を考える上で、最も大切な原則を話し忘れていました」


 ミアが思いついたように人差し指を立てた。


「贈り物にどのような想いを込めるのか決める、です。伝えたい想いが明確であるほど、その想いがより伝わるよう、お手伝いを私たちがさせていただきます」


 微笑むと、ミアがエリザに手を差し伸べた。


「じゃあ、選びにいきましょうか。まだお店も開いてますし、時間はあります」

「はい、先生!」


 目じりに残っていた涙を拭くと、エリザはミアの手を取った。



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