第6話 田中のお願い


 神崎裕美の退学は学校内ですぐに広まった。

 それだけ学内ではカリスマだったということだが、俺には直接的な接点はない。

 だから大したことではないものと思い、特に関心はなかった。


 その後、新聞やTVのニュースで神崎が取り上げられたので、やっと彼女がどんなことをしたのかを知ることになった。

 特にTVのニュースは、どの局でも映像が流され、俺はこれに一番関心を持つことになった。


 色々とモザイクで消されているが、どう見ても、俺と九重先輩が入った喫茶店というか、ケーキハウスの中の様子だと簡単にわかった。


 映像では、窓際に陣取る神崎から相手の女生徒に一枚の記憶媒体が渡された。


 それと同時に女生徒から神崎には白い封筒を渡している。


 あれは、たぶん現金だろう。


 ニュースで脅されていたと言っていたから、まず間違いない。


 これが俺達のケーキ屋での録画だと気づくのに時間は必要なかった。なぜなら、一口だけ食べられたモンブランと俺の手が映り込んでいたからだ。


 ……そうか、そういうことか。

 校長が言っていたのは、神崎のことだったのだ。

 それに相手もこの学校の生徒だから助けに入ったのだろうが、メディアを使うのは学校の品格を落とすことになるはずだろうが、退学後なら学校名は出さないですむ。


 神崎は十七歳無職とのニュースでの説明、元同じ学校の下級生Aを脅して金品を受領した。

 脅しに使用したのは、金を払わないとAの裸の写真をネットに拡散するという今時のやり方だった。


 しかし、なんか解せない。


 ──この一連の出来事の不自然さ。


 なんか、引っ掛かるのだが……。


 自分なら、ここまでするだろうか?

 元はこの香椎浜学園を退学だけで済ますこともできただろう。


 ああ、そのか。


 つまり、これで終わっていないのか、

 それしか考えつかなかい。


 となると、あの時、神崎は自分が撮られていたことにを薄々勘付いていて、仲間に九重先輩を連れ去るように依頼したのかもしれない。

 けど、あくまで憶測の範疇から出ることはない。

 真実を知らなければ、結局は俺一人の妄想でしかない。


 だけれど、それが真実なら、九重先輩はずっと危険な状況下に置かれていることになる。


 それなら、これまで色々あった経緯も理解できる。


 田中が俺に殴られることを覚悟して嘘をついた理由、それに加えて生徒会の裏メンバーに俺を誘った理由を。


 神崎のバックにいる奴らに対して見せしめと警察の関与が始まることを知らせたかった、ということだろうな。


 まっ、……俺にはもう関係ないけどね。


 さて、久しぶりに考えたら頭が痛くなってきたよ。


 頭痛薬をのんで早めに寝よう。

 薬箱からいつもの常備薬を取り出し、冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターのペットボトルで胃に流す。


 頭痛持ちでなければわからない痛みだよな。

 このところ、勉強してばかりというわけでもないが、やはり考え過ぎると頭に拒絶反応が起きるのだ。


 夜も二十二時過ぎだ。

 少し早いが寝ようかな。


 そう思っていたところ、俺のスマホが鳴り出した。


 一体誰だ?

 こんな夜中近くに迷惑だぞ。


 画面には『星人』と出ている。

 頭にきたが、奴ほど俺を知っているのは、この学校にはいない。


 ……なんかあったのか?

 十八コール目まで画面を見ていたが、しょうがないから出てやることにした。


「なんだ? もう寝るとこだ」

「わりぃ、かずっ! 一生のお願いだ。瞳を助けてくれ。お願いだ」


 珍しく、あの田中が俺に無茶なことを言う。

 どうも、一悶着あった後のように感じるが?


「そうか、お前、怪我してるだろう。どこにいる?」


「俺はいい。瞳を、瞳だけを助けてあげてくれよ。黒いベンツに乗せられて行った」


「そうか、他にないか?」


「悪いが、ない。しかし、夢乃ねぇなら手掛かりがわかると思う」


 田中ってば、また面倒なことに巻き込んでくれたな。

 だが、あいつの片思いの相手でもある椎名瞳を助けないわけにもいかないか。


 しかし、九重先輩にだけは聞きたくないよな。

 少し面倒だが、昔の仲間を頼ってみるか。


 ああ、ホントに仕方ないな。


 久々、スマホをにらみ、ある番号に電話する。


「おや、珍しいじゃないか。どうしてた?」


「ああ、真面目に学生してたよ。笑うだろう?」


「そりゃ、楽しいな」


「じゃあ、もっと楽しませてやろう。

 女子高生を乗せた黒いベンツを見つけて、居場所を教えてくれ」


「ほう、そりゃあ高くつくぞ」


「十万払うが?」


「ならOKだ。断る理由もない。アフターサービスまで付けようか?」


「いや、それは要らん。久々、本気だし!」


「そうか、なら楽しく見てるぜ」


 一人、ぶつぶつ文句を言いながら、ジーパンに着替え、部屋の片隅に置いていたリュックを背中に背負うとフルフェイスのヘルメットを片手に駐車場に向かった。

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