第5話 秘密の話


 昼食が済んだ後のひと時、今日はいつものザワザワとした雰囲気とは一味違う。

 というのも、たった今、九重先輩から大事な話があると言われたのだ。


 しかも、知り合いとはいえ人前で、人目を気にせずにだ。


 彼女の雰囲気は、まるで今から出撃する戦闘機乗り、いやそこまでないか。

 ならば、魔女を倒すべく変身する魔法少女のように?


 ……いや、そこまでもないだろう。

 うーん、そうか、あれだな。


 小さい子が今か今かと待ち受ける予防接種の針が刺さる前の雰囲気だ!


 これがかなり近いかも知れない。

 それだけで九重先輩の緊張感を伝えることがでるかも知れない。


 と脳内の妄想で余裕をかましていたが、相手がかなり真剣なのに茶化すのは失礼だな。


「さあ、なんか話があれば遠慮なく」


 けしかけはしたが、未だに話そうとはしない先輩にため息を吐いて、九重先輩のママ、略して九重ママが話し始めた。


「えーっと、藤井君 バイトしてたわよね?

 もっと稼ぐ気はない?」


「お金は欲しいが、条件次第ですね」


 俺の答えに九重ママが頷いた。


「まあ、そうでしょうね。私もそう思いますから。なら、その条件が良ければ考えるということですね」


「ええ、まあ。しかし、お金にはあまり執着しているわけではありません。社会に出る前の勉強程度と思ってます」


 九重ママさんはじっと俺の顔を見ると、一言切り出した。


「あなたには、この学校に役に立ってもらいたいと考えています。もちろん、理事長は既に同意しているから、あとはあなた次第なわけ」


「それで? 俺は愛校心はありますけど、楽そうではないみたいだから他を当たってください」


 ここはキッパリと言った。

 興味を持って話を少しでも聞いてしまうと、ずるずるとながされてしまうのが世の常だ。


 九重ママは俺の言葉に怯まず続けた。


「ここにいるのが現在の正式なメンバー、そのほかに下位組織として生徒会、風紀委員会で組織されています。

 報酬は月に十万円、それと必要なものは経費として処理します。あとは学校近くのマンションの一部屋とスマホというものですが、それには条件が必要です」


 ──かなり魅力的な報酬だが、キナ臭い。


 ヤバそうな話も混じっていたし、これ以上は話しを聞くとまずくなる。


 続きを話そうとする九重ママの方に両手でバッテンを作り話を止めた。


「なあ、九重先輩のお母さん。俺は平凡な学校生活で満足しているわけなんですよ。そりゃあ、少しは中学生の頃はヤンチャしていた。田中に聞いているとおりだよ。だけどマンションの部屋とか生徒会が下部組織とか、信じる方がおかしいでしょう」


 毅然とした態度で話すと、奥のドアから校長が入ってきた。


「お父様」


 えっ、九重ママさん?

 校長は九重先輩のおじいちゃんなわけ?

 この学校ってば親族だけの集まりか?


「なあ、藤井君。君はもう立派に勤めを果たしている。この前、夢乃とケーキ屋に行ってくれたおかげで女子のとあるリーダーを特定できた。それにナンパを装った暴漢から夢乃を守ってくれた。素直にお礼を言わせてもらうよ。

 まあ、突然のことで驚いただろうが、我々は学校に害を与える輩を徹底的に排除する。

 だから君のその力を貸してはくれないか?」


 馴染み深い校長からの申し出には俺の心も少しは動いた。


 そうか、そんな活動なのか。

確かに、九重先輩は車で連れ去られそうだったし、俺は結果的に助けたのか……。


 お試しならやっても良いかも知れないし、条件を下げてもらい。

 手伝いだけでもしてもいいかな?


 俺の心を動かすには十分過ぎるくらいの理由がある。


「えっと、だいたいわかりました。しかし、少しだけ時間をください。よく考えてから返事をします」


 一人一人の表情を見ると俺の反応にみんなが満足している。


 突然やってきた正義の味方になるチャンス!

 平凡過ぎる日常生活には、少し刺激が欲しいところで渡りに船的な話だよな。


「そう、なら前向きにお願いね!」


 九重ママからもお願いされるが、自分的にもまんざらでもなかった。


 この一言を聞くまでは。


「さあ、夢ちゃん。待望のパートナーが決まりそうよ!」


 えっ、パートナーって?

 それは聞いてないよ。

 ダメじゃん省いちゃ!

 それって一番ダメなやつだよ!!


「え、え、えっ、そのパートナーって?」


「あら、生徒会役員はあなた方、裏メンバーを表で支える役目を担うのよ。それで今はパートナーさんのいない夢乃となるわけよ」


 ……またはめられた?

 それも夢乃さんとは、これはダメなやつだ。

 とてもダメなやつ!


「あのっ、やっぱり無理です! 絶対にむーり!」


 あんなあざとい人のパートナーってば、死んでも無理だ!


「「「「「えーっ」」」」」


 俺は反射的にみんなの叫び声を背に一目散に部屋の外に飛び出していた。

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