▲15▼ 一番いい形

「灰時ぃッッ……‼」


「へっ⁉」


 朝一番から、くららの叫ぶ声が聞こえた。朝食の準備をしていた灰時が振り向くと、そこには息を切らしながら、台所に飛び込んでくるくららの姿があった。


「くらら、どうし――」


「おいっ、これ、どういうことだっ!」


 言いながら、くららが自身を指差す。


「?」


 何のことか分からずに、頭を傾げていると、くららがまくし立てるように続けてきた。


「だから、これっ! あとっ、つけ過ぎだろッ‼」


 言われて、ようやくピンときた。普段着に着替えてきたくららの首筋から鎖骨にかけて、見える範囲に大量の赤い痕がついていた。


「あっ――、そうか、ごめん。昨日は無我夢中だったからつい……」


 いつもは、ちゃんと見えないところにしかキスマークはつけないのだが、昨日はいろいろといっぱいいっぱいですっかり失念してしまっていた。


「ついじゃないだろっ、ついじゃ――」


「見て。くらら」


 くららの言葉を遮って、自身の一番上まで留めていたシャツのボタンを外し、首元を見せる。


「あ――」


「俺にもくららの痕、いっぱいついてるでしょ? だから、ね? おあいこ」


 そう言って微笑むと、くららは顔を真っ赤にして震えだした。


「お、おれもそういえば昨日は無我夢中で……。ご、ごめん……」


「いいよ。だってむしろ嬉しいもの。本当はみんなに見せびらかしたいくらい――」


「そ、それは、だめだっ‼」


「ふふっ。そう言うと思ったから、今日は見えないようにボタン一番上まで留めてたんだよ」


 言いながら、再びシャツのボタンを一番上まで留める。


「うっ……」


「くららも、今日はあまり首元が見えない服を着た方がいいかもね」


「そ、そうだな」


「……本当に、ごめんね?」


 くららの無防備に見えている、首筋から鎖骨までをそっと人差し指で撫でながら謝ると、その顔がさらに赤くなった。


「ッ……⁉」


 その表情を見ていると、つい必要以上に触れたくなったが、


「き、着替えてくるっ!」


 あっという間に、くららが部屋に引き返してしまったため、それは叶わなかった。


「あはっ……」


 その様子に、ひとりでに笑みがれる。


 本当に、くららのこんないろんな表情が見れるのは、一緒に住んでいるものの特権かもしれない。つらいこともあるけれど、こういうときは兄妹きょうだいでよかったなとも思う。


(俺は、幸せものだな……)


 最初は、兄妹だし、その上三人で付き合っているし、上手くいかないかもしれないと思っていた。けれど、今はこれで良かったんじゃないかと思う。


(世間一般的には、いろいろとまずいんだろうけど……)


 きっと、これが――。


(俺たちにとっては、一番いい形なのかもしれない)


 これからも、いろんな問題が起きるかもしれない。こんな幸せは一瞬なのかもしれない。


 それでも――。今このときの幸せを守っていきたいと、切に願う。


(三人で進む未来が、どうか幸せでありますように)


 そんな祈りを密かに抱きながら、灰時は朝食の準備を再開した。

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