▲14▼ これ以上はもう

「ふっ、もう、何泣いてんだよ」


 その笑顔に見とれていると、急にくららが噴き出した。


「な、泣いてなんか……」

「うそつけ。ほら」


 言いながら、くららが優しくまぶたぬぐってくれる。気が付かないうちにまた涙が溢れ出していたようだ。


「本当、昔から変わんねーな。泣き虫で、臆病で、ついでに人見知りでさ……」


「そ、そんなこと……!」


 必死で否定するも、くららは穏やかな顔で灰時の頬をそっと撫でる。


「でも、そういうとこかわいいなって、おれが守ってやんなきゃって、子どもながらに思ってたっけ……」


「へっ⁉」


 初めて聞いた言葉に、思わず驚きを隠せない。昔とはつまり、初めて会った頃の――、


「そういうところも含めて、好きだよ」


「っ……⁉」


 思考が巡りきってしまう前に、ちゅっと、くららから不意打ちにキスが贈られた。


「く、くらら……⁉」


 予想もしていなかった言葉に、行動に、思わず固まっていると、


「何、驚いた顔してんだよ」


 くららが少しムッとしながら灰時を睨みつけてきた。


「だ、だって、くららからそんな『好き』とか、『キス』とかっ……! 何かもう、いろいろ不意打ち過ぎてっ……! こ、こんなのっ――」


(嬉し過ぎるよ……!)


「失礼だなっ! おれだって、自分から言いたかったり、したかったりするときもあるっつーの!」


 照れ隠しなのか、くららは顔を赤らめながらも灰時を怒鳴りつける。


「で、でもっ……! だって、本当に夢みたいで……! こんなの、俺死んじゃう……っ!」


 本当にこんなの心臓が持たない。


 嬉しい出来事の連続に思わず胸を抑えていると、


「~~ッ! お、お前はどんだけかわいいんだよっ! 馬鹿野郎っ‼」


 怒鳴りながら、くららが灰時の顔を思いっきり引き寄せた。


「ふぇっ⁉ ……ぅむッ……!」


 先程より、荒々しいキスが灰時を襲う。


「ふっ、んんッ……! ちょっ、くららっ⁉」


 その激しさに思わずくららを少し押しやり、唇を離した。


「くららっ、何でこんな急にっ……!」


「……だ、だって、お前が急にあんなかわいいこと言うからっ! あんなの、反則だろ……」


 少し顔を赤らめながら、くららが視線を逸らす。


「えっ……? あ……、な、何かごめん。そ、その、本当に嬉しかったから……」


 可愛いことを言った覚えはないのだが、嬉し過ぎていろいろ感極まっていたのは事実だ。


「てゆーか、それくらいで死なれたら困るっつーのっ‼」


「あうっ」


 軽く、灰時の頭にチョップを食らわせたくららは、溜息をつきながら、何事なにごとかをつぶやいた。


「……ったく。仕方ねーから、死なないように慣らしてやるか」


「へっ? 今、何て――」


 聞き返そうとした灰時の耳に聞こえてきたのは、信じられない言葉だった。


「……だから、おれがどれだけ灰時のこと好きか分からせてやるって、言ってんだよ」


「⁉」


 不敵な笑みを浮かべたくららは、そのまま灰時を引き寄せ、再びその口を塞ぐ。先程よりも一層熱い、身も心も溶かすようなキスが灰時をどんどん侵食していく。


「んんっ……! ゃ、あっ……! くらっ……!」


 何故かいつもより力が入らなくて、抵抗できない。このままじゃだめだと思いつつも、くららとのキスが気持ち良すぎて溺れてしまいそうだ。


「ぅわっ……!」


 キスされたそのままの勢いで、気付いたら灰時はベッドに押し倒されていた。いつもとはまるで逆の立場に、思わず必要以上に焦ってしまう。


「く、くららっ⁉ あの、これ以上はっ!」


「何? 気持ちよくなかった?」

「いや、そうじゃなくてっ……!」


(気持ち良すぎるから困ってるんだけどッ……!)


「ふーん……。まだおれの気持ちが伝わってないみたいだな。よしっ、今日は思う存分可愛がってやるよ」


 そう言うくららの顔には、いつもとは違う妖艶な空気がまとわりついている。その様子に、思わずゾクッと身体が震えた。


 これ以上は、男としてダメな気がするけれど、その一方でくららにめちゃくちゃにされたいと思っている自分もいて――。


(って、だめだッ! そんなこと考えちゃ……)


 しかし、本当にこれ以上流されると何か男として大事なものを失ってしまうような気が……。


「って、あぁッ……!」


 いろいろ考えている間にも、くららの唇は首筋へと移動していた。優しく何度もついばむようなキスのあと、きつく皮膚を吸い上げられる。


「ひぅッ……! くっ、くら……!」


 そっちにばかり集中していると、今度は服に手を掛けられた。


「! ちょっ……! だめっ、だからっ、本当にそれ以上はっ……!」


 脱がしながら、肌に直接触れてくるくららの手に何も感じないという方が無理な話だ。必死でくららの手をどけようとするものの、やはりなかなか力が入らない。


「もう、お前黙れ」


「ふぁっ、んんッ! っ、ぁ……!」


 それ以上の抗議は聞かないとでも言うように、あっという間に再び唇を塞がれる。


(どうしようっ……! これ以上されたら、身体がっ……!)


 そろそろ、本当にいろんな意味で限界を迎えそうなとき、ふいにくららが尋ねてきた。


「……服。上脱がすの止めてほしい?」


 まだかろうじて上着はシャツだけ残っている自身を見つめ、こくこくと頷く。


「分かった。じゃあ止める」


 その言葉にほっとしていると、思いもよらない言葉が聞こえてきた。


「上より下の方がきつそうだもんな」


 そう言って、くららの手が灰時の下半身に向かう。


「ちょっ⁉ ちょっとっ、ちょっと待ってッ‼」


 さすがに、さすがにこれ以上は本当にまずい。危機感を感じてくららの手を引き留める。


「……何を待つんだよ。て言うか、灰時の方がもう待てないんじゃないの?」


「なっ……!」


 その瞬間、思わず手が緩んでしまう。その隙をくららが見逃す訳もなく。


 くららの手が灰時の敏感なところをゆっくりと撫で上げた。


「ひぁっ……!」

「もう、こんなになってるけど……?」


「ッ……!」


 そう言って何度もそこばかりを必要に撫で回す。


「ぁ……、ゃっ……! そ、こダメッ……! くららっ、お願い、だから……‼」


 くららの手を止めたいのに、意識がそこばかりに集中してなかなかその手を止めることができない。それどころか、灰時をいやらしく撫でるその手が視界に入る度に、見てはいけないものを見ているようで、そのことがさらに自身の熱を加速させた。


「はぁっ、ふぁッ……⁉ お、俺、もうっ、無理ッ……‼ やッ、んぁッ……!」


 限界が近くて、思わず瞳に溜まっていた涙が零れた。なおも敏感になっていく体に、くららは容赦なく愛撫あいぶを続けてくる。


「……そんな顔でそんなこと言われると結構な。もっとよくしてやりたくなった」


「へっ? ……ちょっ⁉」


 何を言っているのかと思った矢先、くららがズボンのホックを外しているのが目に入った。


「ひッ⁉ なっ、何して……!」


 言っている間にもくららはズボンのジッパーを下そうとしている。


 こんなの、本気でシャレにならない。


「~~っ‼」


(もう、本当に限界だっ……‼)


「! 灰時っ⁉」


 力の限りを振り絞り、思いっきりくららを引き寄せ、その位置を逆転させた。


 息も絶え絶えに、くららの名を呼ぶ。


「く、ららっ……。あのっ、気持ちちゃんと伝わったから、だからこれ以上はもう、お願いだから……」


 これ以上されたら、本当にもう、いろんな意味で引き返せなくなりそうな気がする。


「その……、俺から、させて?」


「……灰時。何だよ。いいところだったのに」


 くららは目をしばたたかせながらも、平然とそんなことを言ってのける。


「ッ……! くららっ~~‼」


「ははっ、ごめん。冗談だよ。……いいよ。好きなだけ、触って」


 そう言って、さっきまでとは違う穏やかな表情で灰時を見返す。


「う、うん……。……ありがとう」


 そして、そのくららの頬にそっと手を添えながら思うのだ。


 ――あぁ、本当に。もう、どうしようもないくらいに。


「好きです。誰よりも……」


 ――君だけが。


「! ……うん。おれも好き、だよ」


 大輪の花が咲くように微笑む愛しきその人に、灰時はそっと慈しむようなキスをしたのだった。

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