???
△16▽ 大事なものを間違えてはいけないよ
「よしっ! 出来たっ‼」
その瞬間、くららは思わず声を上げていた。
今回、最初こそ難産だったものの、割といいものが出来たのではなかと思う。
「よしっ! あとはこれをシズに――」
そう言いかけて、ふと思う。静雅に渡すまえに、この曲を一番に聞かせたい人物がいた。
この曲は、大切な二人のことを想い浮かべながら書いた。最初はいろいろと悩んでいたけれど、二人のことを考えているうちに不思議と曲がスラスラと浮かんできたのだ。いろいろあったが、二人とはこの
(この曲を聴いて、二人が笑顔になってくれたら嬉しいな……)
どうか、この曲が二人に幸せが訪れるような、『
(って、『福音』って言うには、ちょっと意味が違うかもしれないけどさ)
ひとり思わず苦笑しながら、くららはさっそくこの曲を演奏する準備に取り掛かった。
◇◆◇◉◇◆◇
「はい、シズこれ」
曲が出来てから数日後、くららは静雅へ新曲を書いた譜面を渡した。
「わぁっ! とうとう出来たんだね」
そう言って、静雅は笑顔で受け取ってくれたが、だいぶ待たせたことへの申し訳なさの方が先に立ってしまい、思わず
「ま、まぁな……。 その、遅くなって本当ごめん……」
「いいよ、いいよ。気にしないでっ! だって、すっごくいいものが出来たみたいだし、ねっ♪」
「えっ、分かるのか?」
得意げにウインクをしながら話す静雅は、さながらアイドルのようだ。もちろん仕草だけでなくその容姿も負けず劣らずなのだが。静雅は正直、顔と声だけならば女の子にしか見えないほどの整った顔立ちと、美しいハイトーンボイスを持っている。ゆるくウェーブがかかった綺麗な髪を、左側の高い位置でまとめているから尚更そう見える。高い身長と一人称から、やっと男なのかなと思えるくらいだ。
「譜面、見ただけで分かるよ。ほら、こんなにも音符が生き生きしてるものっ!」
言いながら、静雅はきらきらした瞳で譜面を掲げて見せた。
静雅は、音楽面でも十分過ぎるほどの才能を持っており、作詞・作曲も得意としていた。だからこそ、譜面を見ただけでもすぐ分かったのかもしれない。
「お、おう……。そうか、ありがとう。……まぁ、でもこれ。一応録音してきたから……」
録音してきた曲が入ったプレイヤーを渡すと、早速静雅は再生ボタンを押し、聴き始める。
「……うん。やっぱり、いい曲だね。僕、これ好きだなぁ」
「そ、そうか……! よかった……」
その言葉を聞いて、少し安心する。やっぱり、自分でどんなにいいと思っても、他の人にも同じように感じてもらえるかまでは毎回自信がない。だから、何よりも歌を歌う静雅自身にそう言ってもらえるのは、嬉しかった。静雅の一番の魅力は何と言ってもその歌唱力だ。およそ成人男性から溢れ出ているとは思えないほどの美しく高いその声は、どんな人でも振り返らせてしまうような、眩いほどの旋律を紡ぐ。そんな彼に歌ってもらうことが出来ると思うと、とても誇らしく感じた。
「……二人も、いい曲だって言ってくれたしな……」
「? くら、何か言った?」
「いっ、いや何も!」
慌てて否定しながら、思わずそのときのことを思い出す。
数日前、灰時と誠実が家にいるときに、作った曲を演奏して二人に聴かせた。二人ともすごくいいって言ってくれて、ちょっと照れくさかったけど、二人のこと想って作ったって言ったら、もっと喜んでくれて……。それで、その後――…。
「…………」
(って、な、何を思い出してるんだっ! おれはっ……‼)
思わず、余計なことを思い出しそうになったので、頭を振り慌てて現実へ戻る。
その様子を見ていたのか、静雅がクスッと笑った。
「……よかった。その様子だと、上手くいっているみたいだね」
「えっ⁉ ちょ、何がっ……⁉」
何も話していないはずなのに、やっぱり静雅にはいろいろと気付かれているような気がする。
(エスパーか
静雅はくららの質問には答えず、そのまま言葉を続けた。
「……ねぇ、くら。今度こそ、大事なものを間違えてはいけないよ」
「えっ……?」
急に真剣な表情になった静雅に、くららは思わず固まってしまう。
「……何を、言って……?」
「……やっぱり、あのことは覚えていないみたいだね……」
そう言いながら、静雅は少し悲しげな顔をした。
「あの、こと……?」
――
覚えていない? 何を? でも、確かに何か、思い出せないようなことがあるような気が――…、
「……これは、私からの忠告ですよ。
「っ……!
その瞬間、思わず
――それは、かつての友、『
「まぁ、今のあなたなら、きっと大丈夫だとは思いますが……」
――何を言っている? お前は何を知っているんだ?
聞きたいことが、言いたいことが、
(おれは、何かを忘れているのか……?)
でも、その何かを考えようとすればするほど、
くららは、何故か金縛りにあったように、しばらくその場から動くことができなかった。
その言葉の意味を知るのは、くらら自身も忘れていた、いや忘れてしまいたかったのかもしれない、その記憶が
もう少し後のことになる。
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