第7話 葛藤

「ただいまー」


 地獄の様な一日を終えようやく自宅へ帰ってきた。

 肩に心労を抱えて帰ってくるのはこんなにも厳しいものなのか。朝早くに出て夜遅くに帰ってくる父さんの気持ちの片鱗が何だか分かった様な気がした。


 帰宅した父さんは玄関に座って溜め息を落とすのが日課だ。

 僕もそれになぞらって鞄を横に置き『は゛ぁ......』と息を吐きだした。肺の中に溜まっていた空気が一気に抜き出て新鮮な酸素が肺を満たす。

 少しだけ胸につっかえていたモヤが晴れたような気持になる。


 気持ちを切り替えて靴を脱ごうとすると二階からドタバタと走る音が聞こえてきた。


「おかえりなさい! 兄さん」


 ドアの丁度向かいにある階段から弥美が顔を覗かせた。

 僕はこの状況でどう言葉を返すべきだろうか。


 本来であれば昨日のうちに弥美を叱るべきだった。

 彼女が行った行為は偶然ではなく故意によるものだと確信している。

 いや。悩む必要はないか。


「ただいま。弥美なんで昨日はあんな悪戯したの?」

「悪戯でしょうか? 身に覚えがありませんが」

「あの写真を入れたのはわざとだろ?」


 ビクッと彼女の肩が揺れた。


「......兄さんが悪いんです。私以外の女性を好きになっちゃうから。私だけの兄さんでいてくれればそれで」


 そこまでいったところで彼女はハッと口を閉じた。


「すいません。今のは忘れてください!」

「ちょっとまっ」


 僕の声は弥美には届かず、ただ二階からバンと扉が閉まる音だけが聞こえた。


 玄関に一人残された僕は鞄を背負って洗面所へ向かった。

 今は弥美を刺激しないためにも二階には上がらない方がいいかな。


 水を頭からかぶり一旦気持ちを落ち着かせる。


 暁さんの誤解。

 広まった僕の噂。

 弥美との関係性。


 どれも簡単に解決できるようなものではない。


 ふと、広まった噂の件は自分も秘密をバラして相殺してしまえばいい。

 そんな考えが脳裏を過った。

 人の口に戸はたてられない。先にやったのは暁さんだ。


 いや違う。

 僕は先日拾い彼女が脅迫と勘違いした元凶である写真を思い出す。


 それはおそらく彼女が小学生くらいの頃の写真。

 フリルのきいた可愛いスカートを身に纏った姿とは裏腹に、彼女は女子生徒の髪の毛を引っ張っていた。彼女にもそんなやんちゃをした時期があったのかもしれない。

 そう割り切ればそれだけだが、その彼女の表情は何処か影が差しているようにも見えた。


 タオルで雑に髪の毛をふき、スマホを手に取った。


 画面には佐藤の名前と画像が送付されていますという文面。

 手早く画面を開き佐藤に感謝を告げると、『できたらでいいんだけど』という前置きと共にあるメッセージを送った。


 しばらくして、任せとけと軽い了承が届いた。


「......よし!」


 冷静になって改めて自分が暁さんのことを好きなのだと再確認した。


 だから僕はもう一度暁さんに告白をする。

 タイミングは校外学習のどこか。班行動のため暁さんと二人っきりになる時間を作ろうと思えば作れる。そこで佐藤にお願いした。


 だがこの行動が弥美との溝をさらに深めてしまうかもしれない。


 ......。

 そう思うと僕の決意は容易く揺らいでしまった。




 そして悶々と答えが出ないまま僕は校外学習の日を迎えた。




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