第十九話 吸血と戦闘



 学院正門の前。

 キイチとツルギが立っている。


「キー君!」

「母さ……」


 言いかけてキイチは顔をしかめた。ルリの隣にはエリカが立っていた。キイチは不服そうに視線を逸らす。


「キイチ君」


 エリカは真っ直ぐキイチをみて話しかけた。キイチはエリカを見ないまま答える。


「なんだよ。人間の編入生はどうしたんだ?」

「おい、キイチ」


 ツルギがキイチをいさめる。しかしキイチはプイとそっぽを向いた。エリカは少しうつむき、ぐっと唇をかむと再び真っ直ぐキイチを見た。


「は、話し合いをしましょう!」

「「はあ?」」


 キイチとツルギはぽかんと口を開けた。ルリだけがくすりと笑む。エリカは懸命に続けた。


「わ、私たちの間には圧倒的に対話が足りないのよ!」


 ツルギがツッコむ。


「いや、今はそんなことしてる場合じゃ」

「だから!」


 ツルギの言葉にかぶせ、エリカは大きな声を出した。そして、そっとキイチの手を取る。キイチは驚きにエリカを見た。懇願するように、エリカは告げる。


「だから……はやく帰って来てね」


 沈黙。二人とも目をそらさなかった。永遠のような時間はキイチが破る。力強くエリカの手を口元に引っ張り込んだ。


「は、はえ?!」


 エリカがギョッとする間もなく、キイチは噛みつく。その白く薄い手首にキイチの鋭い牙がつきたてられた。


「あ、あ」


 状況についていけず、エリカはうわごとのようにつぶやく。数秒後、キイチはエリカの手を離した。吸血鬼が人間の血液を取り込むと、一定時間筋力や五感が高まる覚醒状態になる。キイチは覚醒し、紅く煌々と光る瞳でエリカを見つめた。


「すぐに戻ってくる。待っててくれ」

「はい……」


 エリカの頬は上気し瞳はとろんとしている。ツルギは茶化すようにキイチに告げた。


「同意をえない吸血はマナー違反だぜ?」

「うるさい」


 キイチはぴしゃりと言う。ツルギはエリカに近づこうとした。


「ていうか、お前が覚醒状態になったら俺もならなきゃついていけねーよ。ということでエリカ嬢、俺にも一口」

「はったおすぞてめえ」


 ツルギの首根っこをキイチがつかむ。


「冗談だって。目がマジだよキイチ君」


 ツルギの本気とも冗談とも取れない様子にキイチは舌打ちをした。




 学院を西にのぞむ二階建ての小さな空き家。

 二階の扉の前でキイチとツルギは拳銃を構える。腰には長刀が携えられていた。二人が構えた拳銃には特殊な弾が装填されている。『杭弾』。寿命以外で吸血鬼を殺す方法は一つだけだった。心臓に杭を打ち込み、首を落とすこと。しかし人間はたゆまぬ努力により、この難しいプロセスを一つ、単純化することに成功した。杭弾と呼ばれる呪力のこもった弾丸を心臓に打ち込むことで、杭を打ち込んだときと同じ効果が得られるのだ。皮肉なことにこの発明は吸血鬼からも歓迎された。

 キイチはそんな杭弾の装填された拳銃を手に、勢いよく空き家へと踏み込む。誰もいない、ように見えた。だがキイチは気配ですぐに気付く。


「上か!」


 天井にクモのようにスカラは張り付いていた。キイチの声に即座に飛び降りる。飛びのくキイチ。さらにスカラはキイチにとびかかり、持っていた斧でキイチの首を切ろうとした。瞬時にその斧をツルギが蹴り上げる。キイチとツルギ、スカラの間に一瞬の静寂が去来する。

 その静寂のさなか、キイチはある違和感に支配されていた。あまりにも弱すぎる。覚醒状態のキイチにはスカラの動きがすべて見切れた。そして次にどう動くかさえ感覚で理解できた。99人の吸血鬼を残虐に屠ったスカラ・アルカード。それがこんなに……?


「キイチ!いい加減にしろ!!」


 キイチはハッとする。ツルギの声に我に返った。そうだ、弱いなら弱いでいい。自分の任務はスカラを捕縛することなのだからとキイチは腕に力を込める。


「外には絶対出さない。ここで終わらせる」


 そうつぶやいた時、外からカッと強い光が差し込んだ。


「ぎゃあああああ」


 スカラは絶叫し、その場に倒れ伏す。ツルギは逃げるように建物の影へ移動した。吸血鬼は日光で死ぬことはない。しかし強くそれを恐れ、個体によっては気絶する。克服したのは今のところキイチ一人だった。キイチは光の中、状況を整理するために言葉を紡ぐ。


「大型日光灯?なぜ今……いやそれより」


 ツルギが影から答える。


「おかしいだろ。スカラは半吸血鬼。日光を恐れたりしないはずだぜ」

「ああ……どういうことだ?クソ、鬱陶しいな」


 キイチは外に出ると、大声で言った。


「日光灯の照射をやめさせてくれ!」


 ほどなくして光がやむ。階下にいた制服姿の男がキイチに話しかけた。


「申し訳ありません!下級隊員に伝達ミスがあったようで……」

「どうでもいい。こいつはスカラじゃない。おそらく変身術だ」

「は?!」


 先ほどの違和感が嫌な実感を持ち始める。


「今ここで俺に偽物をつかませたってことは……」

 

 キイチはそこまで言うと、ふと往来を見た。そして目を丸くする。二階からバッと往来に降り立つキイチ。突然目の前にキイチが降り立ったことで、一人の青年が驚いて腰を抜かした。


「な、なんですか?」


 キイチはその青年をよく知っている。


「シドゥラ・アレン……」

「なんで僕の名前……」


 キイチの胸中がにわかにざわつき始めた時、遅れてツルギも往来に降りてきた。そしてキイチと同じように目を丸くする。


「編入生?なんでここに」

「あの……なんで僕が編入するって知ってるんですか?」


 シドゥラはキョトンとしている。キイチの額を一筋の汗が流れた。ツルギが追い打ちをかける。


「おいおい……これヤバいんじゃねえか」


 瞬間すべてを理解したキイチは、学院へと走り出していた。


「エリカ……!」


 99人の吸血鬼を葬った残虐な半吸血鬼、スカラ・アルカードの凶刃は今まさに、エリカへと迫ろうとしていた。

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