第十八話 危険な任務

 吹き抜けの廊下。

 講堂、中庭、植物園、図書館、特別棟、寮、様々な場所をエリカとシドゥラは見て回っていた。そのうちにエリカの怒りはしぼみ、代わりにむなしさが胸を満たす。どこへ行っても、キイチのことばかりを考えてしまった。今からでも謝りに行こうか、それができたらこんな無様をさらしてはいない、でももしかしたら……エリカの思考が何度目かの逡巡を繰り返したとき、ルリの張りのある声がエリカを呼んだ。


「エリちゃん!」


 エリカは声の方に振り向き、シドゥラもエリカの視線を追った。


「お義母さま」


 ルリはエリカに微笑むと、シドゥラに目線をスライドさせる。微笑みをたたえていた顔は一瞬で絶望に染まった。


「も、もう新しい彼氏が……!」

「違います!」


 エリカは慌てて否定する。そんなエリカをよそに、ポヤポヤとシドゥラはつぶやく。


「俺は別にそれでもかまわないけど」


 耳ざとくシドゥラの独り言を拾ったルリは、エリカをシドゥラから引きはがした。


「ダメよ!ダメったらダメ!エリちゃんはうちの子になるんだから!いや、今だってうちの子だって思ってるけど正式に!正式にうちの子にするんだから!」

「ちょ、ちょっと落ち着いてください……」


 照れながらエリカはルリの手から抜け出そうとする。しかしルリはそれを許さなかった。


「エリちゃんにこれから大事な話があるんだもん!だからちょっと借りてくわよ!」

「はーい」


 シドゥラは間延びした返事をする。


「か、借りてくって何……」

「あと、二人の仲がこじれるからなるべくエリちゃんに近寄らないで頂戴!」

「それはちょっと約束できないけど。エリカ、戻ってきたら案内再開ね」

「わ、わかった」


 にこにこのシドゥラをしり目にどんどんルリは歩を進めていく。


「ちょっ!お義母さま!苦しいです!」




 中庭。

 ルリとエリカがベンチに隣り合って座っている。ルリは少しうつむいた後、意を決したように話し始めた。


「スカラ・アルカードの潜伏先が分かったらしいの。キー君とツルギ君がこれから捕縛に向かうって」


 エリカはうろたえた。


「な、何でですか?」

「なんで?」


 ルリは首をかしげる。


「だって凶悪犯だって新聞で……。なんでキイチ君が出ていくんです?」


 ルリは一瞬目を丸くし、すぐに少しだけ目を伏せる。


「吸血鬼の中じゃ有名なんだけど……本当に私たちは互いの種族のことを何も知らないのね」


 エリカは不安げにルリの言葉の続きを待った。ルリは淡々と続ける。


「キー君とツルギ君は家柄の関係で、生まれた時から吸血鬼特殊部隊っていうのに入ることが決まってるの。二人とも対人、対吸血鬼戦闘のプロなのよ。特にキー君は吸血鬼としての能力を持ちながら吸血鬼としての弱点を後天的に克服した……吸血鬼の中の切り札的存在なのね」


 エリカは息をのむ。さらにルリは続けた。


「だから身分は学生だけど、緊急時には二人だけの独立機関として招聘される。今がそうなの」


 俯き、膝の上でエリカは拳を握った。


「知らなかった……」

「……命に関わる任務なの。ね、お願い。一時休戦して、お見送りしてくれないかな?」


 すっくと立ちあがり、エリカはルリを見る。


「心配かけてごめんなさい。私、行きます」


 ルリはそれを聞いて柔らかく笑むのだった。

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