第10話 心の隙間に

透き通る様な夜空に、まばらにちらつく星の群れを眺めながらのんびり歩く。

行き先はそう、

表通りから裏路地に入り、突き当たりにある知る人ぞ知る。

その名の如く隠れ居酒屋である。


ガラガラ


女「こんばんはマスター!」

マスター「いらっしゃいませ。」

女「私、わかる?」

マスター「ええ。お久しぶりです!アンナさん。」

アンナ「8年ぶり。」

マスター「もうそんなに経つんですね。」


アンナは30代後半には見えない、童顔、ショートヘアの小柄な女性である。

仕事帰りにこの店によく来ていたが、転勤になって8年ぶりの来店となる。


マスター「お元気そうでなによりです。」

マスター「こちらには用事か何かで?」

アンナ「来月から本社勤務になるから、こっち戻ってくるの。今日は会議で。」

マスター「そうですか。じゃあ、またちょくちょくお会いできますね。」

アンナ「そうね。暇な私はまたこの店の常連になりますよっ!」

マスター「はははっ、相変わらずですね。」

アンナ「そうです!相変わらずの暇人ですよっ!」

マスター「いい意味で、ですよ。」

アンナ「マスターも相変わらずね。」


カタン


マスター「レモンサワーですよね。」

アンナ「さっすが!マスター!」


8年ぶりなので話もはずみ、


マスター「そう言えば…」

アンナ「その話そろそろでるかなって、」

マスター「まだ会われてないんですか?」

アンナ「どうせ会わせてくれないわよ。」


アンナは18歳で女の子を産んだが、相手は名家の息子で結婚に反対されていて、子供も産んですぐに相手の家に引き取られて、それっきりなのである。


アンナ「私、産んだだけで育てた事ないし、親なんて思ってもらえる資格なんてないの。」

マスター「今おいくつなんですか?」

アンナ「今月で21歳になったかな。」

マスター「本当ならここに並んで…」

アンナ「いいのよ。無理な事。」

マスター「想いはきっと届きます。」

アンナ「えっ?」

マスター「いいえ、アンナさんは素敵な人です。これからいい事きっとありますよ!」

アンナ「ありがとう。けど私、とくに落ち込んだりしてないんだけどな。」

マスター「あっ、余計なお世話でしたね。」

アンナ「いい事かぁ〜。」

アンナ「マスターお会計お願いっ。」


久しぶりのひと時はあっという間に時がすぎ、最終のバスの時間に。


マスター「またお待ちしております。」

アンナ「またすぐ来るね。」


1か月が経った雨上がりの霧の夜。


マスター「いらっしゃいませ。」

アンナ「こんばんは!マスター!」

マスター「こんばんは。アンナさん。」

アンナ「外、霧すごいよ。」

マスター「そうですか…。」

アンナ「マスター??」

マスター「えっ?あ、いつものレモンサワーですね。」

アンナ「どうしたの?今日なんか変だよ。」


ガラガラ


マスター「いらっしゃいませ。」

女「あの、1人なんですけど…」

アンナ「あの、私も1人なんでよかったら隣で一緒に飲みませんか?」

女「えっ?いいんですか?」

アンナ「逆に迷惑じゃなかった?」

女「あ、私は全然、って言うか初めてのお店だし、ご一緒できるの嬉しいです。」

アンナ「私アンナ。」

女「私らんです。」

アンナ「よろしくね!らんちゃん!」

らん「よろしくです。アンナさん。」


かんぱーい。


らんは20歳くらいの髪の長い、童顔で小柄な女性で、比較的大人しい感じである。


マスター「らんさんよろしくお願いします。」

らん「こちらこそ。素敵なお店ですね。」

マスター「ありがとうございます。」

マスター「今日は霧で周りが見えなくて、偶然この店に着いた、って感じでしょうか?」

らん「あっ、なんかすみません。」

アンナ「みんなそうよ。私も最初は偶然来ちゃったの。でもいい店だからそれから常連になっちゃうの。みんな。」

らん「わかる気がします。居心地いいし。」

マスター「うんうん。いいですねー。」

アンナ「え?」

マスター「お2人を見てると、なんか母子って感じで。」

アンナ「どうせ私はおばさんですよっ!」

らん「アンナさん若いですよ。お姉さんって感じです。」

アンナ「いい娘だねぇ。らんちゃんは。」

らん「私お母さんとは出かけた事ないの。」

アンナ「なんで?」

らん「私父の連れ子で、弟と妹が母の本当の子供なの。だから母はあまり私の事相手にしてくれなくて。」

らん「産んでくれた本当の母は産後すぐに、私のおじいちゃんとおばあちゃんに反対されて、無理やり私と引き裂かれて、それっきりらしいです。」

マスター「!?」

アンナ「……。」

らん「アンナさん??」

マスター「あ、らんさん、あの、実はアンナさんは…、その…」

アンナ「あぁ〜、ごめーん。私子供いないから、なんて言っていいかわからなくて、無言になっちゃった〜、ごめんごめん。」

らん「あ、すみません。変な話して。」

アンナ「私、ここにいつもいるから、誰かになんか聞いて欲しかったら、いつでも聞くからさ。私でよければ。」

マスター「アンナさん…。」

らん「私本当は産んでくれたお母さんに会いたくて、たまに1人で居酒屋行ったり、ご飯食べに行ったり、偶然会う事なんてないのに、新しい家族だっているかもしれないのに、今日だってそんな事考えて歩いてたら、このお店の前で…。」

らん「さっきマスターが、私とアンナさんが母子みたいって言ってくれて、今日初めて会ったのに、勝手にアンナさんがお母さんだったらって…。」

アンナ「ごめんね、らんちゃん。私はお母さんじゃないの。ただの寂しい独身女よ。」

らん「あっ、ごめんなさい。そうだったらって勝手に思っただけで、ホントごめんなさい。」

アンナ「私はお母さんじゃないし、お母さんにはなれないけど、そういう心の隙間を埋める事ならできるわ。」

らん「アンナさん。」

アンナ「そう。私はアンナ、ただのアラフォー女よ。そんな私でも、たまに一緒に飲んだり、話したり、相談にのったり、そうやって一緒の時を過ごす事はできるわ。私でよければ、だけどねっ!」

らん「嬉しい!これからも是非仲良くして下さい。」

アンナ「オッケー。そのかわり、お母さん探しはもう卒業ね。」

らん「はい。そうします。アンナさんが心の隙間埋めてくれるって言ってくれたし!」

アンナ「そのかわり、高いわよっ!」

らん「え〜!?有料ですか〜???」

アンナ「冗談よっ!」

マスター「アンナさんったら。」

アンナ「えへへっ。」

らん「せっかく楽しい時間なんですが、明日仕事早いんでそろそろ帰りますね。」

アンナ「そっか。私、月曜は隔週、水、金、土曜日は毎週いるから。」

らん「はいっ!絶対来ます。」

アンナ「次は酔い潰れる覚悟で!」

らん「ええ〜、お手柔らかに願いまーす。」

マスター「らんさん、今日はご来店ありがとうございました。また必ずお待ちしてます。」

らん「はい。必ず!それじゃあ!」


ガラガラ


マスター「アンナさん、あの、らんさんはもしかして…」

アンナ「うん。いいの。どっちでも。」

マスター「アンナさん…。」

アンナ「私はらんちゃんの心の隙間を埋める、言わば、笑うセールスウーマン!!」

マスター「やっぱりアンナさんはかっこいいですね。」

アンナ「でしょー!」

アンナ「さっ、今日は飲むのつきあってくれるよねっ!マスター。」

マスター「はい!是非。」


霧の日に不思議な、そして心温まる話がまたひとつ。


マスター「いらっしゃいませ。」







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隠れ居酒屋 凛 オッケーいなお @k160204989

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