第9話 輝く泡も

『隠れ居酒屋 凛 』

表通りから裏路地に入り、突き当たりにある知る人ぞ知る隠れ居酒屋である。


この居酒屋は霧の日に少し変わった事が起こるのである。


ガラガラ


マスター「いらっしゃいませ。」

男「1人なんだけど‥」

マスター「どうぞこちらに。」

マスター「はじめましてですね。」

男「あっ、どうもはじめまして。」


痩せ型でスーツが似合う爽やかな感じでシャイな印象である。


マスター「よくお店がわかりましたね。」

男「梅木という人ご存知ですか?」

マスター「はい。よくお一人でいらしてましたよ。お知り合いですか?」

男「…はい。」

マスター「最近いらしてないと思いますがお元気ですか?」

男「…」

マスター「もしかして梅木さんなにかあったんですか?」

男「じつは…」


カタン


マスター「ビールです。」

男「えっ?」

マスター「飲みながら話しましょう。これはご馳走させて下さい。」

男「あ、なんかすいません。」

男「僕、高島っていいます。このお店の事は以前から梅木に聞いてまして。ずっと来たかったんです。」

マスター「そうだったんですね。」

高島「その梅木が…」


【3ヶ月前】


高島「俺さ、なんて言っていいか。」

梅木「大丈夫だよ。離婚なんてよくある話だろ。娘に会えなくなるのは寂しいけど。」

高島「もう奥さんは話しても無駄なのか?」

梅木「嫁はもう話も聞いてくれない。」

梅木「全部俺が悪いんだ。」

高島「それは違うぞ!」

高島「あれは会社のために、みんなのためにお前が1人で責任背負って。」

梅木「これでいい。だが、家族は守れなかった。それが現実。」

高島「せめて‥、自暴自棄にはなるんじゃないぞ。」

梅木「ああ。」


それから数日後


ブーブー

高島「はい。高島です。」

梅木嫁「突然申し訳ありません。梅木の妻です。」

高島「あー、ご無沙汰してます。どうかしましたか?」

梅木嫁「実は、主人が行方不明に。」

高島「えっ!?」

梅木嫁「置き手紙に探さないでくれって、あと離婚届と養育費が机に置いてあって…。」

高島「警察には?」

梅木嫁「昨日捜索願い出しました。」

高島「あいつの携帯は?」

梅木嫁「家に。だからあの人、もしかしたらって…。」

梅木嫁「私が離婚するって言ったから。だからあの人…。」

高島「もしあいつが戻ったら、話聞いてあげて下さい。」

梅木嫁「…はい。そのつもりです。」

高島「今から僕も探します。何かあったら連絡しますから。」

梅木嫁「はい。よろしくお願いします。」


【今日の隠れ居酒屋】


高島「それが梅木と会った最後。それっきりなんです。」

マスター「梅木さんはしっかりした人です。きっとなにか事情があっての事だと、私の意見ですが。」

高島「僕もそう思ってます。きっと帰ってくるんだと信じてます。」

マスター「次の水曜日はお時間ありますか?」

高島「仕事終わったらなにも。たしかその日は天気も悪そうだし。」

マスター「よかったら来ませんか?」

高島「そうですね。なにも予定ないし。」

マスター「じゃあ、是非。」

高島「じゃあ今日はこの辺で。」

高島「お会計お願いします。」

マスター「また水曜日お待ちしてます。」


水曜日


雨は上がって霧が少しでてきて。

霧のせいか前回よりわかりにくいが、なんとか裏路地の突き当たりまで。


マスター「いらっしゃいませ。お待ちしてましたよ。」

高島「あっ、どーも、マスター。」

マスター「雨は上がりましたね。」

高島「ええ。霧がでてましたけど。」


カタン


マスター「まずはビールですね。」

高島「あっ、ありがとうございます。」

マスター「やはり梅木さんはまだ。」

高島「はい。まっ、こないだの今日ですからねー。」


ブーブー


高島「あっ。」

高島「はい。高島ですが。」

「…もしもし。」

高島「はい。もしもしー。」

「…俺だ。梅木だ。」

高島「!?梅木かっ!お前、今どこで何やってるんだっ!」

梅木「実は…。」


梅木が言うには会社を辞める時、悪い業者に逆恨みされて家族に迷惑がかからないように行方不明になったらしい。

この数ヶ月悪い業者に駒のように働かされていたんだとか。


高島「で。今はどうなんだ?」

梅木「その業者、悪事が色々バレてほぼ潰れたような感じ。んで、無事解放された。」

高島「早く帰って来いよ。」

梅木「どこにだよ。もう俺には帰る場所なんてさ…。」

高島「今どこだ?」

梅木「今は元の会社の前辺り。」

高島「隠れ居酒屋わかるな。」

梅木「凛だろ?なんで?」

高島「いいから今すぐそこに来い。」

梅木「なんかよくわからないけど、行くとこないし、じゃあ後でな。」

高島「待ってるからな。」


マスター「もしかして?」

高島「ええ。梅木です。」

マスター「よかった。やっぱり無事だったんですね。」

高島「あっ!」


プルルー


梅木嫁「はい。」

高島「高島です。」

梅木嫁「あっ、高島さん。あれからなんか情報ありました?」

高島「今から言うところにこれからすぐ来れますか?」

梅木嫁「えっ!?あの人に何かあったんですね!」

高島「会ってからお話します。」

梅木嫁「はい。母に子供預けてからすぐにむかいます。」


マスター「高島さんって凄いですね。」

高島「えっ?なにがですか?」

マスター「梅木さんをずっと信じてたんですよね。」

高島「ええ。大事な連れなんで。」

マスター「梅木さんは幸せですね。」

高島「多分、幸せに戻れるはず。」


ガラガラ


梅木「こんばんは。」

高島「このやろー!心配かけやがって。ホントお前ってやつは。」

梅木「すまん。すまん。」

高島「いつもそうやって軽く流す。」

梅木「ホントすまん。」


ガラガラ


梅木嫁「こんばんは。」

梅木「…!?」

梅木嫁「あなたっ!?」


パチン


梅木「痛いな。いきなり殴るなんて、ホント…」

梅木嫁「…話、しよっか。」

梅木「!?ゆりこ…」

ゆりこ「高島さんや会社の人に全部聞いたわよ。ちゃんと言ってくれれば。」

梅木「迷惑かけたくなくて。」

ゆりこ「なにが迷惑よっ!家族でしょ。」

梅木「えっ!?離婚届は?」

ゆりこ「捨てた。みんなから話きいたから出せなかったの。」

梅木「なんで…。」

ゆりこ「なーに、不満?今から出しに行こうか?離婚届。」

梅木「いや。それは。」

高島「ちゃんと家族守れよ。」

マスター「梅木さんは賢い方だ。これからどうするかはわかってるはず。」

梅木「俺、すぐに仕事探して、今まで以上にバリバリ働くから。だから…。」

ゆりこ「いっぱい稼いでこなきゃ許さないんだからねー。」

梅木「ああ。」


カタン、カタン、カタン


マスター「さっ、梅木さんの再出発に乾杯しましょうよ。」


カンパーイ


揺れ動いたジョッキからはキラキラ泡が輝いていて。


ゆりこ「こんな素敵なお店によく1人で来てるわけ?」

マスター「ええ、梅木さんはよくいらしてくれてますよ。」

ゆりこ「これからは禁止!」

梅木「えっ!それはー。」

高島「ゆりこさん…。」

ゆりこ「1人で行くのは!私も一緒に来たいから。」

マスター「はー、びっくりしましたよ。」

ゆりこ「ごめんなさい。マスター。」

マスター「次回からは一緒にいらして下さい。」

高島「俺は?」

ゆりこ「たまにはまぜてあげる。」

高島「もー、ゆりこさんったらー。」


今日も霧の中隠れ居酒屋では、ちょっと不思議な1日が終わろうとしていた。

明日はどんなお客さんが来るだろう。


マスター「いらっしゃいませ。」




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