第8話 オレンジジュース

表通りから裏路地に入り、突き当たりにある知る人ぞ知る、その名の如く隠れ居酒屋である。


「いらっしゃいませ。」


女「こんばんは。」

マスター「こちらにどうぞ。」

女「ビールを。」

マスター「かしこまりました。」

女「あの先週に一緒にいた…」

マスター「先週?」


ガラガラ


「いらっしゃいませ。」


男「あのー、一人なんですが。」

マスター「こちらにどうぞ。」

男「あ、オレンジジュースを。」

女「!!!」

女「あなた?いや、すいません人違い。」

マスター「はい。ビールです。」

女「ねー、マスター、先週私と一緒にいた人来てない?」

マスター「えっ!?先週?」

女「大丈夫?マスター働き過ぎ!」

マスター「チカさん先週って?」

女「もういいわ。」


1週間前のこの店は霧に包まれていた。

常連のチカは霧でも迷わず店に着く。


【1週間前】


「いらっしゃいませ。」


チカ「こんばんは。」

マスター「どうぞこちらに。」

チカ「外凄いわね。霧。」

マスター「そうですね。」

チカ「ビール。」

マスター「はい。かしこまりました。」


ガラガラ


「いらっしゃいませ。」


男「あの、一人なんですが。」

マスター「どうぞ。こちらへ。」

男「あの、オレンジジュース。」

マスター「かしこまりました。」

チカ「お酒嫌いなんですか?」

男「えっ?」

チカ「あっ、すいません突然。」

男「いいえ。お酒飲めなくて。」

チカ「なんか変な事聞いちゃって。」

男「いいえ。よく聞かれるし。」

チカ「よく来るんですか?」

男「初めて来ました。」

チカ「そうなんですね。」

男「突然時間できて、それでなんとなくふらふらしてたらこの店の前で。」

チカ「そうなんですね。私チカっていいます。」

男「僕はエイジです。」

チカ「歳近そうですね。」

エイジ「いゃ〜、僕の方がだいぶおじさんですよ。多分。」

チカ「えー?そうですか?」

エイジ「35歳です。」

チカ「あっ、ごめんなさい。私より10歳上だった〜。」

エイジ「気にしていませんよ。僕、離婚してて、一人で息子育ててるんです。」

チカ「えっ?そうなんですか?」

エイジ「今日はたまたま元嫁の所に泊まりにいく事になって。」

チカ「それで時間できたんですね。」

エイジ「普段は仕事と家事で自分の時間なんてないから、何していいかわからなくて。」

チカ「大変なんですね。私まだ独身だから気楽なもんですよ。」

エイジ「でも子供の成長を一番近くで見れるので、大変でも幸せです。」

チカ「そうですよね。そう考えると私が寂しいやつかも。」

エイジ「そんな事ないですよ。」

チカ「なんかごめんなさい。せっかく一人の時間に絡んでしまって。」

エイジ「いいえ。楽しいです。一人だと思ってたから、ホント話できて楽しいです。」

チカ「それならよかった。」

エイジ「息子中学1年なんです。いつか彼が大人になったら一緒に飲みに来たいです。」

チカ「素敵な未来です。」

エイジ「無論僕はオレンジジュースですが。」

チカ「ふふふっ、エイジさん面白いこと言うんだー。」

エイジ「あっ!恥ずかしいな〜!」

マスター「はい。イカの煮付けです。」

エイジ「これは?」

マスター「沢山作りすぎたんで、よかったらお二人でどうぞ。」


話は尽きないまま2時間が経つ。


エイジ「あっ、そろそろ僕は。」

チカ「えっ?帰っちゃうんですか?」

エイジ「すいません。家の近所の最終バスが結構早くて。」

チカ「じゃあまた、時間ある時にこの店で会えたらって事で。」

エイジ「ええ。是非。」

エイジ「マスター、また来ます。」

マスター「ありがとうございました。またのご来店お待ちしております。」


っと、これが1週間前の出来事である。


そして今日


チカ「ねー、マスター。」

マスター「はい。」

チカ「先週のあれ美味しかったよ。」

マスター「先週のあれ?ですか?」

チカ「今日マスター変ねー。」

チカ「先週ここで会ったエイジさんと一緒にって、イカの煮付け出してくれたでしょ。」

マスター「…それって。」

男「あのっ!!チカさんですか?」

チカ「…はい。あのあなたは?」

男「多分今話してたエイジって僕の父です。」

チカ「…いや、違うと思うよ。エイジさんの息子さん中学生だし。」

男「はい。チカさんと父が会った時は中学生でした。この話は大人になってから聞きましたが。」

マスター「チカさん。先週霧でしたね。」

チカ「そうよ…。まさか!?」

マスター「チカさん常連さんだから聞いたことありますよね。」

チカ「信じがたい。」

マスター「エイジさん、あれから定期的に来ていましたよ。中々チカさん来なくて。」

チカ「そりゃ、そうよね。」

マスター「エイジさんに霧の日の話したら、エイジさんもそうかもって、それ以来はいらしていないですね。」

チカ「そうだったんだ。」

男「だから僕の父なんですよ。」

チカ「そこはイマイチ……、オレンジジュースって!?」

男「父譲りでお酒飲めなくて。」

チカ「お父さん、エイジさんは?元気?今何してる?」

男「再婚して、元気です。」

チカ「そっかー。幸せなんだ。」

男「再婚したのは、去年ですけど。」

チカ「エイジさんらしいね。あなたが大人になるの見届けてから再婚したのね。」

男「ええ。って言っても僕もう24歳ですけどね。」

チカ「エイジさんに似て童顔!歳私と変わらないくらいじゃない。」

チカ「えっ!じゃあ、あれって何年前?」

男「12年。」

チカ「で、なんで今日来たの?」

男「たまたま父の話思い出して、なんとなく?ですかね。」

チカ「全然運命的じゃないしっ。」

チカ「あなた、名前は?」

男「あっ、すいません。リクオです。」

チカ「よろしくね。リクオくん。」

リクオ「よろしくお願いします。」

チカ「じゃあ、カンパーイ!」

リクオ「カンパーイ。」

チカ「あーっ!マスター、今日霧じゃないよねー。」

マスター「はははっ。大丈夫ですよ。」

チカ「いやだよ。来週来たら今度はリクオくんの子供いたりとかー!」

リクオ「はははっ。」

マスター「今日は星がよく見える雲ひとつない素敵な夜ですよ。」


霧の日には少し変わった出会いがある。


表通りを裏路地に入り、突き当たりにある知る人ぞ知る、その名の如く隠れ居酒屋である。


今日もまた素敵な出会いが…


「いらっしゃいませ。」








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