第7話 かすかな光

表通りから裏路地に入り、突き当たりにある知る人ぞ知る、その名の如く隠れ居酒屋である。


「いらっしゃいませ。」


男「一人だけど大丈夫ですか?」

マスター「はい。こちらに。」

男「いゃ〜、霧ひどくて偶然見つけたんですけど、素敵なお店ですね。」

マスター「ありがとうございます。場所が分かりにくいから、霧の日は暇でして。」

男「いやー、落ち着けていいですよ。」

男「ビールを」

マスター「かしこまりました。」


ガラガラ


女の子「あの〜、お母さんいますか?」

マスター「…?お母さん??」

女の子「やっぱりここにもいないか…」

男「こんな時間に1人で?」

女の子「あっ、ごめんなさい。すぐ行きます。ホント、すいません。」

男「お母さんとはぐれたの?」

女の子「はい…。」

男「少しここで待つかい?」

女の子「でも、私未成年だし、お金持ってないし。」

男「マスター、お母さん来るまで僕が責任持つのでこの子座らせてもいいですか?」

マスター「構いませんよ。」

マスター「いらっしゃいませ。こちらの席にどうぞ。」

女の子「ありがとうございます。」


グ〜


女の子「あっ、ごめんなさい。」

男「お腹すいてるんだね。マスター何か作ってもらって大丈夫ですか?」

女の子「えっ?でも〜。」

男「僕が誘ったのでご馳走させて下さい。なーんちゃって。」

マスター「パスタ、オムライスなら早く出来ますがいかがでしょうか?」

女の子「えっ!?いーんですか?じゃあオムライスお願いします。」

男「僕はタケルっていいます。」

女の子「私、ヒナです。」

タケル「ヒナちゃんは中学生?」

ヒナ「いえ、小学六年です。」

タケル「すごく対応がしっかりできてるから中学生かと思った。」

ヒナ「ありがとうございます。お母さんほとんどいなくて自分で色々やる時が多くて、多分そのせいかな?」

タケル「今日はお母さんとはぐれたの?」

ヒナ「それは…」

マスター「はい。オムライスです。」

ヒナ「あ、いただきます。」

タケル「いっぱい食べて。」

ヒナ「はい!」


ヒナ「あー、お腹いっぱい!ごちそうさまでした。」

タケル「お腹いっぱい?」

ヒナ「はい!」

ヒナ「あの…実は…」

タケル「どうしたの?ちゃんと聞くからはなしてみてよ。」

ヒナ「家帰ったらお母さんいなくて。手紙があったの。これ。」

タケル「読んでいいの?」


ヒナへ

お母さんはあなたの本当のお母さんではありません。

お父さんが亡くなって連れ子のあなたと2人になって色々疲れました。

おばあちゃんの所に行くように。


タケル「えっ?これだけ?」

ヒナ「うん。お母さんあまり話してくれないし、怖いから聞かないの。」

タケル「じゃあ、待っても来ないんだ。」

ヒナ「ごめんなさい。こんな事いきなり話せなくて…」

タケル「それは構わないよ。それよりおばあちゃんには連絡は?」

ヒナ「まだ。」

タケル「電話番号わかる?」

ヒナ「うん。リュックの中に手帳入れてあるから。」

タケル「じゃあ、電話かけるか。あっ、あれっ?圏外だ。」

マスター「ヒナさん。お店の電話からどうぞかけてください。」

ヒナ「ありがとうございます。」


ヒナ「もしもし…おばあちゃん…」


ヒナ「マスター電話ありがとうございます。

あとお店の住所もおばあちゃんにおしえてくれて。」

マスター「優しそうなおばあちゃんでよかったです。」

ヒナ「とりあえずおばあちゃん来てくれるみたい。」

タケル「おばあちゃんの家近いの?」

ヒナ「車で20分くらいって言ってた。」

タケル「それはよかった。」

ヒナ「タケルさん。」

タケル「どうしたの?」

ヒナ「私、ちゃんと幸せになれるかな。」

ヒナ「グズン…」

タケル「はい。これ。」

ヒナ「ハンカチ…ありがとうございます。」

マスター「ヒナさんはまだ若いけどホントに素敵な人です。そんな素敵なあなたには必ずいい人が沢山集まってきますよ。」

タケル「ヒナちゃんはまだまだ子供でいいんだよ。大人になりすぎだよ。」

ヒナ「えへっ。怒られちゃった。」

タケル「おばあちゃん来るまでデザートでも食べる?」

ヒナ「は…、うん!」

マスター「今日は杏仁豆腐がありますが。」

ヒナ「杏仁豆腐大好き!」

タケル「沢山食べな!」


ヒナ「あ〜、お腹いっぱい。タケルさん、マスター、ホントにありがとうございました。」

マスター「今度は成人してからお酒でも飲みにいらして下さい。」

タケル「成人?あと8年くらい?」

ヒナ「うん。」

タケル「俺はその頃33歳かー。」

ヒナ「じゃあタケルさん今25歳?」

タケル「うん。」

ヒナ「13歳ちがうんだー。」

ヒナ「タケルさん!」

タケル「どーしたの?」

ヒナ「10年後の来週の今日、ここで会えないですか?」 

ヒナ「今日のお礼したいし。」

タケル「10年後?」

ヒナ「うん。マスター、予約していいですか?」

マスター「10年後の来週の今日?」

マスター「あっ!!はい。かしこまりました。」

タケル「忘れないようにこれから毎年その日はここに来るよ。」

マスター「それなら忘れないですね。」


ガラガラ


祖母「すいません。先程お電話で…」

ヒナ「おばあちゃん!」

祖母「ヒナー!」

祖母「すいません。この子がお世話になりまして。あのお代を‥」

タケル「大丈夫です。僕にださせていただけますか?」

祖母「でも…」

タケル「それで10年後にこの店でヒナちゃんがお礼してくれるって。」

ヒナ「私ちゃんと大人になってしっかりお礼したいの。」

祖母「本当によろしいんでしょうか?」

タケル「ヒナちゃんの目的とか楽しみとか、そういう1個、そう、未来へのかすかな光みたいになってくれれば。」

祖母「本当になんてお礼を言えばいいのか。」

祖母「ヒナがお世話になりました。そしてまたお世話になる日が来ると思うのでその時はまたよろしくお願い致します。」

タケル「はい!こちらこそ。」

マスター「ヒナさんご予約間違いなく承りました。楽しみに待ってますよ。」

ヒナ「マスター、ありがとうございます。」

ヒナ「タケルさん。また。」

タケル「うん。元気で。」


マスター「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。」


ガラガラ


タケル「マスター色々ありがとうございました。」

マスター「タケルさんは素敵な人ですね。」

タケル「あの子の澄んだ瞳をみてたら放っておけなくて。」

マスター「10年後忘れないで下さいね。」

タケル「じゃあ、また来ます。」

マスター「ありがとうございました。」


天の川がくっきり見えそうな七夕の夜。

先週に約束した事を考え裏路地に入って突き当たりに…


マスター「いらっしゃいませ!」

タケル「こんばんは。」

マスター「あれ!?あっ!」

タケル「えっ?マスター?」

マスター「すみません。やっぱりでしたか、私も今理解しました。そういえばあの日は霧の日でしたね。」

タケル「あの日って、先週?」

マスター「ええ。タケルさんにとっての先週。そして私達にとっては…」

女「タケルさん?」

タケル「はい。あの〜」

女「驚いたー。私の記憶より若いって言うか変わらない。」

タケル「えっ?」

マスター「すいません。説明が途中で、この店霧の日に少し奇妙な事がありまして。」

タケル「奇妙?」

マスター「霧の日にこの店に来るとその中の1人くらいが違う時代のこの店に行ってしまうという。」

タケル「またまた〜。」

女「私もこの前マスターから聞いて半信半疑だったけどタケルさん見てビックリ!」

タケル「あのー?」

女「私わかりません?」


…何処かで見たような澄んだ瞳、

この澄んだ瞳!?


タケル「ヒ、ヒナちゃん?」

ヒナ「お久しぶりです。」

タケル「えっ、マスター、じゃあ俺先週来たのってもしかして、」

マスター「ええ。」

ヒナ「あの時はありがとうございました。」

タケル「いゃ〜、ってピンとこないな。」

ヒナ「そうですよね。13歳離れてると思ってたけど実は3歳しかかわらないし。」

タケル「うん。少し混乱してるけど元気そうで安心したよ。」

ヒナ「タケルさんにあの日会えて、生きる元気もらったから。ずっと会いたくて、だから今日会えて嬉しい。」

タケル「えっ!?俺もこんな感じで会えて不思議で嬉しいかな。」

マスター「はい。これサービス。」

ヒナ「あっ!あの日の…」

タケル「杏仁豆腐!」

ヒナ「3歳差なら私タケルさんのお嫁さんになれるかしら?」

タケル「お嫁さん!!!」

ヒナ「迷惑ですか?」

タケル「いやっ、彼女いないしっ、とかあのっ、嬉しいっていうか、」

ヒナ「私、タケルさんのお嫁さんになりたいって10年ずっと思ってたんですよ!」

タケル「えっ!あのっ、俺なんかでよければ、その〜」

ヒナ「おばあちゃんもタケルさんなら喜んでくれるよ。きっと。」

マスター「うん。素敵なお話ですね。」

タケル「あのっ、よろしくお願いします。」

ヒナ「もーっ、緊張しすぎっ!」

ヒナ「タケルさん!10年越しに…」


「大好きです!」


表通りから裏路地に入り、突き当たりにある知る人ぞ知る、その名の如く隠れ居酒屋。

今日も不思議な出会いが。


「いらっしゃいませ。」







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