第6話 小さな記憶

表通りから裏路地に入り、突き当たりにある知る人ぞ知る。

その名のごとく、隠れ居酒屋である。


「いらっしゃいませ。」


女「あ、まだ開店前でした?」

マスター「少し早いですが大丈夫ですよ。」

女「すいません。」

マスター「いえいえ、どうぞ。」

女「いい香りが。」

マスター「あっ、ダシのにおいです。」

女「なんか懐かしい。」

マスター「懐かしいですか?」

女「小さい頃の記憶かな。」

マスター「きっとお母さん料理好きなんですね。」

女「そんなんでもないけど。」

マスター「なにか飲みますか?」

女「ビールお願いします。」

マスター「かしこまりました。」

女「雰囲気のいいお店ですね。」

マスター「ありがとうございます。お待たせしました。」

女「もしかして仕込み最中でした?」

マスター「いえ、丁度終わったとこです。」

女「なんかすいません。」

マスター「初めてのご来店ですよね。」

女「はい。仕事早く終わって、ふらふらしてたらこの店の前だったんで。」

マスター「みなさん最初はそういう感じでいらっしゃるんです。」

女「でも落ち着きます。なんか。」

マスター「場所が場所なんで、あまり混まないんですよ。」

女「でもいい雰囲気のお店です。」

マスター「ありがとうございます。」

女「なんかお腹すいちゃった。」

マスター「なんか召し上がりますか?」

女「はい。おまかせでっ。」

マスター「かしこまりました。」

女「なんかいいにおい!」

マスター「はい。お待たせしました。」

女「早い!ラーメン?」

マスター「まだメニューにしてない試作なんで、これはサービスします。」

女「ラッキー!いただきますっ。」

マスター「どうぞ。」

女「美味しい〜!!」

マスター「ありがとうございます。でもまだなんです。あの味になるには。」

女「あの味?」

マスター「以前よく来ていた常連さんが作ってくれた事があるんです。」

女「ラーメンを?」

マスター「ええ。美味しかったので作り方聞きたかったんですが、突然亡くなってしまったんです。その常連さん。」

女「それで試行錯誤してるって訳ですね。」

マスター「はい。」

女「これはこれで美味しいんだけどな。」

マスター「まだ、なんですよね。」

女「なんか懐かしい味がする。」

マスター「懐かしい?」

女「どっかで食べたような?」

マスター「えっ?」

女「気のせいかな?」

マスター「そうですよね。あのラーメン最後に食べたのは18年も前なので。」

女「私が4歳の頃だ。」

マスター「遠い昔の記憶なので、なかなかたどりつかなくて。」

女「いつか食べたいです。」

マスター「じゃあ、めげずに頑張らないといけないですね。」

女「期待してます!」

マスター「ハードル上がっちゃったな〜。」

女「へへっ。」

女「じゃあ、また来ます。お会計を。」

マスター「ありがとうございます。」

女「ごちそうさまでしたっ。あっ、私ちかっていいます。また来ますねっ!」

マスター「はい。ちかさん、またのご来店お待ちしてますね。」


雨が上がり霧がでてるある日の夜。


ガラガラ


マスター「いらっしゃいませ。」

ちか「こんばんは。」

マスター「こんばんは。こちらにどうぞ。」

ちか「あれ?今日は2人なんですか?」

マスター「いえいえ、お客さんです。」

男「マスター出来たよ!」

マスター「ホントいいにおいですねっ。」

男「これ。お嬢さんもよかったら。」

ちか「あっ!ラーメン!いいんですか?」

男「ええ!どうぞっ。」

ちか「美味しいー!!!」

男「おっ、うれしいねっ!」

ちか「美味しすぎる〜!」

男「いい食べっぷりだっ。まるでうちの娘みたいだよっ!」

ちか「こんな美味しいラーメン食べれるなんて、娘さん幸せですねー。」

男「嬉しい事言ってくれるねっ!」

ちか「だって〜、ホントに美味しいんだもん!」

男「その言い方まで娘みたいだ!」

ちか「お父さんっ!なんちゃてっ。」

男「…なんか、涙出てきたな。」

ちか「うわーっ、ごめんなさいっ!」

男「いや、うれしくてさっ!」

マスター「いや〜、ホント美味しいですよねー、このラーメンは。」

男「おっと、時間だ。」

マスター「また作って下さいね。」

男「気が向いたらなっ!じゃあマスターまた来るわ!お嬢さんありがとなっ!」

ちか「美味しかったですっ!」

マスター「ありがとうございました!」

ちか「あー!美味しかった。」

マスター「この味、どうやったら…」

ちか「この味なんか昔食べたような?」

マスター「えっ?」

ちか「うーん…、わかんないやっ!」

マスター「でも美味しいですよね。」

ちか「ホント!」

マスター「いつか作れるように…」

ちか「マスター、お会計。」

マスター「ありがとうございます。」

ちか「また来ますっ!」

マスター「ありがとうございました。またのご来店お待ちしております。」


小雨がふる肌寒い夜。

霧はでてないのでお店もわかりやすい。


ガラガラ


マスター「いらっしゃいませ。」

ちか「こんばんは。」

マスター「こちらにどうぞ。」

ちか「マスターこのにおい。」

マスター「また今日もダメです。」

ちか「この前の人ならわかるかもよ!」

マスター「この前?」

ちか「えっ?先週カウンターに一緒にいた人ですよ。」

マスター「あっ!!」

ちか「えっ!?」

マスター「すいません。そういえば話すの忘れてましたね。」

ちか「なんの話?」

マスター「この店霧の日には少し変わった事がありまして…」

ちか「霧の日?」

マスター「ええ、時を超えるような事があるんですよ。」

ちか「そういえば先週は霧だったかも。」

マスター「ちかさんは前回、おそらくかなり昔のこの店に来たはずです。」

ちか「まっさかーっ!」

マスター「前回食べたラーメン。」

ちか「あれ美味しかったー!」

マスター「あのラーメンの味が私の作りたい味なんですよ。」

ちか「でもその人たしかもう…」

マスター「はい。18年前に亡くなってしまって。」

ちか「じゃあこの前の人は!?」

マスター「その人です。」

ちか「えっ!幽霊!?」

マスター「いえ。ちかさんが18年前にいらしたんですよ。時を超えて。」

ちか「さっきの話ホントなの?霧の…」

マスター「ええ。」

ちか「じゃあ私が食べたのは…」

マスター「はい。もう二度と食べれないあのラーメンです。」

ちか「なんか…びっくり、かな…」

マスター「ですよね。」

ちか「でもあの味…」

マスター「なんかあるんですか?」

ちか「小さな頃よく食べたような…」

マスター「あの、ちかさん、お父さんは?」

ちか「私が小さな頃亡くなって。だから顔も覚えてないの。お父さん写真嫌いで、ほとんど残ってなくて。」

マスター「もしかして。」

ちか「あのラーメン食べた時からなんとなく小さな頃思い出して、でも作ってたのはお母さんじゃないような…」

マスター「それって。」

ちか「霧の日の話ホントなら、あのラーメン作ってたのお父さんかもしれない。」

マスター「やっぱり。」

ちか「あっ!もしあれがお父さんなら…」

マスター「えっ?」

ちか「わかるかも。あの味なんとなく。」

マスター「ホントですかっ!」

ちか「煮干かも。小さな頃家にいつもあったから。それはよく覚えてるの。」

マスター「作ってみます!」


次の日店の外にはいいにおいが。


ガラガラ


マスター「いらっしゃいませ。待ってましたよ!」

ちか「このにおい…」

マスター「多分これでっ。」

ちか「じゃあ、いただきます。」

マスター「どうですか?」

ちか「これっ!!!」

マスター「やっと完成です!」

ちか「うん!」

マスター「そしてこれは、あなたのお父さんの味です。」

ちか「小さな頃のかすかな記憶。でも、あの日会ったあの人は間違いなくお父さん。」

マスター「はい。あの味は間違いなく。」

ちか「お父さん…」

マスター「お父さんの味はいつまでも。」

ちか「うん。また作ってねっ。マスター!」

マスター「はい。喜んで!」


「いらっしゃいませ。」

今日もまたどんな人が訪れるのか。


第7話に続く

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