第5話 ハートのかけら

『隠れ居酒屋 凛 』

表通りから裏路地に入り、突き当たりにある知る人ぞしる。

その名のごとく、隠れ居酒屋である。


この店は霧の日に少し変わった事が起こる。

ただ、中にはたまたま霧の日に多く来店してしまうお客様もいる。


「いらっしゃいませ。」

常連客「あっ、今日も奥の席で。」

マスター「ええ、いつもの席ですね。アキトさん。」

アキト「じゃあ、まずビールで。」

マスター「かしこまりました。」


この常連客のアキトは、偶然だが霧の日にもよく来ていたのだ。

そして今日も霧の日。


マスター「あれ?今日は少し遅いですね。」

アキト「俺が早かったかも。」


ガラガラ


マスター「いらっしゃいませ。アキトさんもうお待ちですよ。あやのさん。」

あやの「あっ、ごめん。遅くなって。」

アキト「いやいや、今来たとこだから。」

あやの「マスター、ビールお願いっ。」

マスター「ええ、はいっ!お待たせ。」

あやの「さっすが!マスター。早い!」


「カンパーイ」


あやの「私みたいなおばさんと飲んでばかりで楽しい?」

アキト「楽しいし、おばさんなんて思ってないしさー。」

あやの「7歳も上よ。私。」

アキト「関係ないよ。楽しいし。」

あやの「ありがとう。」

アキト「俺さ、あやのさんと…」

あやの「ダメよ。それは。」

アキト「なんでっ!?」

あやの「私はシングルマザーだし、あなたはまだ若い。」

アキト「俺、好きなんだ!あやのさんが!」

あやの「ありがとう。でもね、あなたにはシングルマザーとじゃなく、1人の女性と普通に恋愛したりしていってほしいの。」

アキト「…」

あやの「それに私は娘の幸せが第一なの。」

アキト「わかってる。」

あやの「私にはあなたの人生奪えない。」

アキト「…そんなこと。」

あやの「私もアキトくん好きよ。」

アキト「えっ!!」

あやの「もしも今が15年後とかなら、娘も22歳で大学もでてるから、私も自分の事も考えられるけど。」

アキト「待つよ。15年。」

あやの「待たなくていい。でもその時あなたに相手がいなくて、私を少しでも想ってくれていたらまた会いましょう。」

アキト「想ってるよ。俺。」

あやの「はい。これ。」

アキト「ハートの半分のネックレス。」

あやの「ホントは渡すのやめようと思ってたんだけど。」

アキト「なんで?」

あやの「あなたには他の人生があるから。」

アキト「もう半分は?」

あやの「これ。」


カチン


アキト「ハートになった。」

あやの「もしも15年後の8月20日、あなたが今の気持ちなら。待ってる。」

アキト「きっと来るよ。」

あやの「来て欲しいの半分。その前に幸せになって欲しいの半分。かな。」

アキト「俺は来るよ。」

あやの「私、実家に戻るの。だから、ここにもう来れなくなる。」

アキト「でも15年後は。」

あやの「…うん。」

アキト「寂しいけど、ネックレスあるし。」

あやの「じゃあ、そろそろ娘迎えに行く時間だから帰るね。」

アキト「必ず。また。」

あやの「うん。じゃあ。」


あやのが帰り一人になったアキト。


マスター「素敵な話ですね。」

アキト「ええ。」

マスター「実は、今日は…」

アキト「えっ?今日?」

マスター「いえっ。霧なので帰り道はくれぐれもお気をつけて。」

アキト「はい。じゃあ、お会計を。」

マスター「ありがとうございます。」

アキト「僕は今までみたいにちょくちょく来ますね。マスター。」

マスター「はい。ありがとうございました。またのご来店お待ちしております。」


アキトは霧の中歩いた。

ネックレスを大事に握りしめて。


それから1週間後の8月20日。

今日は星空が綺麗に見える。

清々しい夜道を歩き裏路地に入る。


「いらっしゃいませ。」


アキト「こんばんは。マスター。」

マスター「こんばんは。今日はどちらにお座りになりますか?」

アキト「そうだよな。今日は、これからは一人だからなー。でもいつもの席で。」


カタン


アキト「マスター!これ!」

マスター「小さなケーキですが私からです。今日お誕生日ですよね。」

アキト「マスター。覚えててくれたんだ。」

マスター「ええ。よくあやのさんが言ってましたから。もうすぐだって。」

アキト「うん。結局誕生日まで一緒に居なかったけど。」


ガラガラ


「いらっしゃいませ。」


女「一人なんですが。」

マスター「こちらにどうぞ。」

女「失礼します。じゃあビールを。」

マスター「かしこまりました。」

女「素敵なお店ですね。」

マスター「はい。お待たせしました。」

アキト「マスター、食べていい?」

マスター「まだですよ。ローソク!」

アキト「恥ずかしいな。なんか。」

女「お誕生日なんですか?」

アキト「はい。すいません。なんか。」

マスター「ハッピーバースデー!」


フーッ


マスター「おめでとうございます!」

女「おめでとうございます。」

アキト「すいません。初対面なのに。」

女「いいんです。おめでたい日なんだから。」

アキト「ありがとうございます。」

女「私、ゆめのっていいます。」

アキト「あっ、僕はアキトです。」

マスター「はい。ゆめのさんもケーキ。」

ゆめの「えっ、いいんですか?」

アキト「一緒に食べてもらえますか?」

ゆめの「はい。是非!」

マスター「ゆめのさんがいらっしゃらなかったら、男2人で誕生日でしたよっ!」

アキト「あっ!ホントだっ!」

ゆめの「なんか初めて来たのに、初めてって感じしないです。楽しくて。」

マスター「それはよかったです。」

アキト「なんか楽しい誕生日で良かった。」

ゆめの「アキトさんはいつもここに来てるんですか?」

アキト「もう半年くらいになるかな。」

ゆめの「私もここ気に入りました。」

アキト「僕はいつもここに座ってるので。」

ゆめの「絶対また来ます。」

アキト「毎週金曜、土曜は来てるんで。」

ゆめの「私もまた来るんで、また会いましょうねっ。」

アキト「そうですね。今度はゆめのさんの誕生日お祝いしないと。」

マスター「ええ。その時には是非。」

ゆめの「なんか楽しみ出来ちゃった!」

アキト「ゆめのさん誕生日は?」

ゆめの「来月の20日。でも、気にしなくてホント大丈夫ですからねっ。」

アキト「じゃあ、お祝いしなきゃっ!」

ゆめの「ホント、照れちゃいますからっ。」

マスター「来月20日は待ってますよ。」

ゆめの「わかりましたっ。なんか初めて来た日にちょっと恥ずかしいんですけど。」


それから金曜、土曜はゆめのが来るように。

そしてあっと言う間に9月20日。


マスター「はい。ゆめのさん。」

ゆめの「えーっ、ケーキ!」

マスター「さっ、ローソクつきましたよ。」


フーッ


アキト「おめでとう!」

マスター「おめでとうございます!」

ゆめの「ありがとう!」

アキト「ゆめのさん何歳になったの?」

ゆめの「23歳!」

アキト「えっ!?同じ歳!」

ゆめの「ホント!なんか嬉しい!」

アキト「大丈夫だった?誕生日に呼んじゃって。他に予定とか。」

ゆめの「大丈夫。彼氏いないし、地元じゃないから友達も少ないし、親もいないし。」

アキト「親いないの?」

ゆめの「元々、お母さんしかいなくて、お母さんも去年病気で。」

アキト「そうだったんだ。」

ゆめの「あーっ!そーだっ!!」

アキト「どーしたの?急に?」

ゆめの「私このお店に来た大事な理由すっかり忘れてたー!しかも先月だったし!」

アキト「大事な理由?」

ゆめの「うん。お母さんに頼まれた事があってさ。」

アキト「頼まれた事?」

ゆめの「お母さん、今年の8月20日にある人とこのお店で待ち合わせしてたんだって。でも去年亡くなる前に、自分は行けないと思うから、私に行ってくれって。」


カランッ


ゆめの「それでこれを。」

アキト「…!!!」


カランッ


ゆめの「えっ!?なんでっ!これを?」

マスター「アキトさん。訳がわかりませんよね。きっと。」

アキト「この店、霧の日に変わった事起こるってチラッと聞いたことあって。」

マスター「ええ。そうなんです。」

アキト「ゆめのさんのお母さんって、あやのさん?」

ゆめの「…なんで、知ってるのっ!」

マスター「ゆめのさん、この店は霧の日には少し不思議な事があるんです。たまに時を超えたり。信じられないと思いますが。」

アキト「あやのさんの待ち合わせの相手は俺なんだ。ゆめのさん。」

ゆめの「えっ!っていうか、よく、わからないんだけど…」

マスター「アキトさんは霧の日、15年前のこの店に時を超えて来ていた。あやのさんにはその時に。」

アキト「…あやのさん…」

ゆめの「アキトさん、ネックレス。」


カチン


ゆめの「これは今ひとつになった。あなたとお母さんの想いが。」

アキト「…うん。」

ゆめの「アキトさん…」

アキト「どうしたの?ゆめのさん。」

ゆめの「私じゃ、駄目ですか!?」

アキト「えっ!?」

ゆめの「お母さんみたいに美人じゃないし、お母さんみたいに全然魅力ないけど…」

アキト「ゆめのさん…」

ゆめの「あなたの中にお母さんが、あやのがいてもいい。だってお母さんだし。まだまだお母さんには追いつけないけど…」

アキト「俺、ゆめのさんと居ると楽しいんだ。まだ気持ち整理できてないけど。」

ゆめの「私、待つから。」

アキト「こんな俺でよければ、並んで一緒に歩いてくれますか?」

ゆめの「えっ!?あっ、はい!!」

マスター「うん。きっとあやのさんも二人の事喜んでくれてますよ。」

アキト「…はい。」

ゆめの「ありがとう。マスター。」

アキト「じゃあ、一緒に帰ろうか。」

ゆめの「うん。一緒に。」

マスター「また待ってますよ。」

アキト「じゃあ、マスター、お会計。」

マスター「ありがとうございます。」

ゆめの「また来るね。マスター!」

マスター「ありがとうございました。またのご来店お待ちしております。」


「いらっしゃいませ。」

今日もまた、どんな人が訪れるのか。


第6話に続く






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