第三章 才能開花

第一節 才能開花

そんなこんなで割と楽しく一ヶ月を美術部に出入りしていた澪だった。

10月の秋も深まる頃、草間部長が部室の黒板の前に立つと口火を切った。


「おーい!皆、聞いてくれ。コンクール前のコンペが近づいてきた。

 僕からの申し出でコンペ前に清川先生が全ての部員の絵を見て頂けることになった!」


部員たちにざわめきが広がる。「まぁ、コンペ前の腕試しと思って」と草間部長は皆に白い紙を配った。A四サイズの何の変哲もない白紙が部員ではない澪にも配られた。

清川先生が部室奥の教員室から出てくる。


紙を持て余している澪に有華はにっこり笑った。

「澪も落書き程度に何か描きなよ」

「うん……」


澪は戸惑いながら紙に向かう。清川先生は部員たちの間を順番に見回りながら部室内をゆっくり歩んでいる。澪はとっさに清川先生から目をそらし、窓の外を見た。

視界には雀が飛んでゆく様子が見える。


澪は、白い紙に有華から借りた鉛筆で雀を描いた。時間にして十五分くらいだろうか。

見たとおりの雀を描くのに集中していたので、もっと時間が経っていたかもしれない。


「君……」


低い声で話しかけられて、澪はハッとした。

清川先生がすぐ横で立っている。

澪に緊張感が走った。

しかし、清川先生はそんな澪に構わず、澪の手元を凝視している。

はばたく瞬間の雀の絵。


「澪……」


部員たち皆が、澪に注目していた。有華までが驚いた顔をして澪を見ている。


「君はなんていう名前だ?美術科の何年生だ?」


清川先生はひったくるように自由が利く左手で雀の絵を手に取った。

「いや、私は普通科の二年生で……。戸川澪と申します」


消え入りそうな声で澪は名乗る。


「普通科?美術部にはいつから在籍していたんだ」

「いえ、美術部ではなくて……」


草間部長は先生の元に駆け寄って同じく澪の絵を見た。


「写真を元に描いたのか?」

「いえ、窓の外に飛んでいたので」


ざわめきの声が拡がっていく。「普通は飛んでいる瞬間を描くなんて出来ないよ。まして、素早い雀を」と草間部長は言う。澪は見たままを描いたつもりなので戸惑うしかない。見た瞬間を脳裏に焼き付かせて描いただけなのだ。サーシャが、「澪は絵をみるセンスもあるし!」と声を上げた。


清川先生はやっと、顔を上げると澪を真っ直ぐ見つめてきた。


「とりあえず、今すぐ美術部に入ってくれ」


ざわめきがどよめきに変わる。

「え?マジで」「ありかよ」そんな声が聞こえる。

その反応は今までのあたたかいものから打って変わったものだった。


動体視力の良さは、テニス部時代にも褒められた唯一の特技だった。

こんな場で活きるなんて……。

澪の心は曇っていった。


美術部に入る。

中途半端に通う内にそんな事態になってしまった。


「少し考えさせてください……」


澪はそう言うのがやっとだった。

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