第十節 居心地の良い場所

翌日の放課後、有華が澪の元へやって来た。


「昨日、リハビリじゃなかったでしょ」

「えっ」


有華に嘘は見抜かれていた。「ほ~ら、やっぱりー」と有華は澪の肩を遠慮なくバシバシと叩く。


「澪が嘘つくときはすぐわかるから!」


澪は言葉もでない。


「入部はもう気にしないで!別に、澪がいるくらい大丈夫な場所なんだから」


そうして有華に半ば、美術部へ連行された澪だった。

部室につくと、昨日、自室で思い浮かべた絵たちがまずはあたたかく迎えてくれた。


「この絵ってなんか寂しげだなー」


草間部長のうさぎの絵を指さしながら、澪はなんとなく口にした。


「え?なんでわかるの?」


有華が驚いたように言う。澪は感じたまま言ったと伝えると有華はすごい!と驚いた。


「これ、草間部長が大切に飼ってたうさぎが亡くなったときに描いた絵らしいよ!」


そう有華が言うのに澪は納得していた。

……そっか、だから悲しげに見えたんだ。


清川先生の絵も画集から得た情報で調べてみたら、高校在学中の若いときに描いた油絵ということが分かった。

サーシャの絵も離れて暮らすお兄さんがムキムキマッチョなナイスガイ(サーシャ談)らしく、そこから影響を受けたのだそうだ。親しみを感じたのも頷ける。

来栖先輩から感じた無邪気な印象は、やはり寡黙な上級生ということもあって聞けなかった。

「ずっと眺めているうちに見えてきたものかねー」


有華はそう言ってにかーっと笑った。

可愛い顔なのに、性格は大胆であったかい有華が澪は大好きだ。


「ここにいていいんだよ」


有華は澪の肩をなだめるかのようにポンポンと優しくたたいた。

部員の人たちも何を咎めるわけもなく、もうすっかり顔見知りになった澪に明るく挨拶をしてくれる。


サーシャがお菓子を持ってきてふるまってくれる。来栖先輩は寡黙に鉛筆を動かし続けている。他の部員たちも思い思いにキャンバスに向かっている。草間部長がやって来る。やぁ!と澪にも挨拶して描きかけのキャンバスに向かう。


そうか、ここにいていいのか。


澪は自分がとても小さなことで悩んでいたことに気づいた。


「描きたくなったら何か描けばいいよ」


ポツリと有華が言った。水の一滴が湖に放たれたかのようにその言葉が不思議と澪の心に響いた。


描く、かぁ……。


そんな選択肢が今まであっただろうか。

少し疼くような心境を抱えて、澪はとりあえず英語の問題集を開いた。

やっかいな構文問題を解きながら、今はこの美術部にいることの幸福を感じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る