第九節 何もない日々
帰宅すると、母はパートに出て居なかった。
最近、美術部に出入りするようになって、母も安心したのかパートのシフトも多く入れている。澪は寂しさを感じながら自分の部屋へ行った。
一人だと寂しくなってたまらない自分。
澪は一人では孤独を持て余してしまう自分に情けない気分になった。
何もない部屋。
相変わらず何もない自分のように感じる。
澪はふと、あの美術部の部室内に飾ってあった絵や、有華をはじめとする部員たちの絵を部屋に思い浮かべてみることにした。
まず、正面の壁に草間部長のあの優しいウサギと植物の絵を。
そして、天井には強烈な清川先生の絵。
サーシャの人物画は部屋の中央に。
来栖先輩の繊細な濃淡の絵はベッドサイドの小机に。
有華のとりとめのないクロッキー帳の絵は各々あいたすき間に思い浮かべることが出来た。
何も無かった部屋が一気に色づいてゆく。
めくるめく魔法のような絵の世界。
ここ三週間ずっと見ていただけにまざまざと思い出せる。
そして、何故かあの部室で見たときより、はっきりと何故か絵が指し示すものがみえるような気がした。
草間部長のあの絵はあたたかいばかりかと思っていたが、何故か寂しくて切ない気がする。
清川先生の絵は、若い精神力に満ちあふれて見える。
サーシャの絵は何故か親しい感情が沸き起こった。
来栖先輩の鉛筆画はイメージに反してとても楽しげに輝いている。
有華の絵は、もがいて一生懸命で、これは見たときのイメージ通りだと思った。
はっと夢から覚めるように澪は何もない部屋を見渡した。
美術部に行きたい気持ちがあふれている。
入部することなく居続けても誰かに文句を言われないだろうか。
いまだ、緊張感のあるコンペも体感していない。
そんな消極的な不安ばかりが浮かぶ。
しかし、澪はテニスでいっぱいだった頭が次第に美術部へと関心が移り変わりつつあることを自覚し始めていた。
絵を描かない部員でもいいかな。
虫のいいことばかり吞気に考える自分に気づく。
少し笑いの入り混じった、ため息がもれた。
有華に突っ込まれなくても自分のぼやっとした性格を認識できた
それがいいのか悪いのか。
澪自身にも見当がつかないが、もうちょっと自分に責任を持とう。
何かあったら、自分の心で決めなきゃ、と誓う。
とりあえず、絵を描かない部員で美術部に入ることは出来ない。
そう思って、少しスッキリした澪はベッドに寝転ぶ。
再び、皆の絵が浮かんでくるのには苦笑せざるをえなかった。
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