第八節 入部へのいざない
「澪もこの美術部に在籍してみない?」
ある日の休み時間、有華が澪にそう切り出した。
「いやいや、絶対無理」
「即答しなくてもいいじゃん」
いや、即答するし。
ぼんやりとしている澪でも、これまで聞いたり見たりしたことから、この美術部が生半可な考えで入部してはいけないことくらい分かる。
横で聞いていた千夏が、
「え?いいじゃん、澪ずっと出入りしてるんでしょ?」
と乗ってくる。
いやいやいやいや。
と澪は冷や汗が出てくる。
「千夏、私、何も描かずに数学とか英語の問題集を解いてただけだよ?」
澪は慌てて説明する。
「えーでも楽しそうに行ってるじゃん」
「そうそう、時々皆の絵や画集眺めてポーっとしてるんだよ」
有華も千夏もどんどん澪を美術部入部へと引っ張っているようだ。
「いや、無理無理。絵なんて真剣に描いたこともないし」
必死に手を振って否定する。
そうなの?と有華も千夏も肩を落とす。
まずい。ちょっと失望させちゃったかな。
そう思いながらも澪は美術部入部を丁重に断った。
「だけど、これからも美術部にはおいでよね」
そう有華は念押しで言った。
「うん、そうさせてもらう」澪もうなずく。美術部にも少しは知り合いが出来たし、あのあたたかな場所に居させてもらうだけでいい。
「ごめんね、ありがとう」
そう澪が言うと有華は「なに言ってんのよー」といつもの可愛い顔で豪快に笑った。
生半可な気持ちで美術部に入ってはいけない。澪はもう一度、再確認するように自分に言い聞かせた。それは同時に、美術部にずっといてはいけない気持ちもぼんやりと自覚させた。
その日の放課後はいつものように美術部に行ったが、翌日誘われた時は、足のリハビリがあるから……という理由で断った。
リハビリは嘘だった。ゆっくり、鬱々と一人で帰る。なんとなく、美術部にこのままずっと出入りしてはいけない気がしてしまった。再び、澪はゆるやかに闇に落ちていくような感覚を味わっていた。
テニスが出来ない自分。
美術部にいる資格のない自分。
有華も千夏も清川先生も草間部長も皆それぞれの場所で役割を果たしている。
好きなことを突き詰めて。
私には何もない。
今は何も好きじゃない。
そう思いながら、バスに乗り、車窓から見える風景は再び、灰色をおびた景色になっていった。
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