第二節 周囲驚嘆

「君の能力は動体視力で片づけられるものじゃない」


入部をやんわりと断るような澪に清川先生はなおも言葉をつむいだ。


「瞬間記憶能力者だよ。ほら草間、なんて言ったか」

「先生、カメラ・アイですね。戸川さんは見た光景を写真のように記憶できるんだ」


有華が澪の困惑とは裏腹に深く納得したように頷く。


「フラッシュバックかと思っていたけど、澪は事故の時の記憶を鮮明に覚えています」


いやいや、ただのフラッシュバックだよ。


「いや、皆、普通に見えません?たまたま上手く描けただけですよ」


そう澪は必死に言うが、言えば言うほど部員たちの反応は冷たくなっていくようだった。


泣きたい。けど泣いたところで何も変わるわけではない。

澪にとっては、様々な場面が脳裏に焼き付いて消えないことは当たり前だった。

皆もそうだと思っていた。


「入部とか、ほんと、恐れ多いです」


そう清川先生に断る態度は美術部員にとって反感を買った。

下を向く澪に「何様のつもり」と誰かがボソッと言うのも聞こえた。


もうここは安心できるあたたかい場所ではない。

澪は心底、悲しくなった。


自分でも訳のわからない能力が備わっていることに澪は戸惑いしか覚えない。

皆の作品をたくさん見てきて、これから描きますというのも違う気がする。


清川先生も草間部長も押し黙った。

有華が気を使って、

「今日は帰ろう?」と声をかけてくれた。


澪の目にはいつの間にか涙が浮かんでいた。


ゆっくりと美術部の部室を後にする。

今まで仲良くしてくれた面々を振り返る勇気が澪にはなかった。


もうこの部室に来ることはないだろう。

……さよなら。


澪は心で別れをつげた。

一言で状況が変わるほど、清川先生は絶大な影響力を美術部に及ぼしていたのだ。

ただの仲良し部活ではないことは、わかっていたはずなのに。


澪は唇をかむ。

女子テニス部も相当厳しい場所だったが、美術部は文化部だとなめていた自分が確かにいた。澪は反省して、もう部活動には関わらないとひそかに誓った。


有華は「気にすることないよ」と言ってくれた。

それでも、少し何か言いたげな素振りを見せていた。


美術科進学をあきらめて、せめて美術部に在籍している有華にとっては当然だろう。澪が清川先生に声をかけられたことは有華にとっても衝撃だっただろう。


有華に「ごめん」と謝るのは不遜な気がして、澪は黙って下を向いてバス停へと向かった。


街路樹には雀が止まっている。

可憐な彼らに罪はないが、澪はその姿を思わず描いてしまったことに自ずと後悔の念が湧いた。

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