第二節 新しい世界

翌日、またも強引な有華に美術部まで引っ張っていかれた澪は、美術部の人たちと顔を合わせることになった。


美術部は主に美術科の人たちで構成されていたが、普通科の学生も有華を含めかなりいる。スポーツにしか縁のなかった澪だったが、美術部でこんなに規模の大きいところも珍しいのではないかと思った。


部員の人たちはみな、澪の事故のことを知っており、あたたかく澪に接してくれた。

入部希望でもない澪にも優しく、居心地の良い部だった。

厳しいと言われている美術部の顧問の先生は、教務員室までいかないと指導してもらえないようで、部室には滅多に顔を出さないらしい。

先生は、美術科の専任教師で生半可な絵では指導する気もなく、積極的にダメ出しを受けにいくようなメンタルの強い者にしか指導しないようだ。

先生自身も美術家で名の通った人物らしいが、有華に力説されても澪には分からない世界だった。


澪は、絵を描く有華を見たり他の部員の人が描いたりを邪魔ではない程度に見ながら、宿題や問題集を開いた。家で一人、悶々と課題をこなすよりも明るい光が入る美術部の部室はだいぶ気が晴れる場所だった。


有華に「何か描いてみたら?」と言われたが、とても筆を握る勇気はなかった。部員でもないのに居場所を提供してもらっているだけでありがたかった。


美術部が終わると、テニス部帰りの千夏と合流して三人一緒に帰る日もあった。しかし、あの事故のトラウマからか三人は寄り道する気は中々起きなかった。大抵はバス停まで一緒に歩いてバスが来たら、澪だけ乗り込んで駅に向かう電車組の二人とバイバイした。


それでも、学校の授業が終わったらすぐに一人で家に帰宅する生活より、美術部へ寄せてもらうことは澪の気持ちをだんだんと明るくしていった。


青い空の綺麗さが充分に感じられるようになり、美しいものを感じる以前の感覚も澪に戻りつつあった。最近の澪は、空にはばたく雀や鳩を見るだけでも動物の美しさを感じる。羽根を広げて飛んでいく一瞬が何より生命に満ちあふれていて、勇気をもらえるか。

澪は、美術部に飾られている絵画たちを見るにつけ、普段見慣れているものが、どれだけ素晴らしいかという魅力に気づきはじめた。


有華に誘われては、毎回断っていた美術館にも行ってみようかな、と思うようになった。不自由な足でも、もっと色んな画家の人の作品をじかに観てみたくなった。

それも美術部の部室で、画集を開いたりする時間が楽しかったからだ。


馴染みのない世界で澪は新たな感動を見つけようとしていた。澪の瞳は再び、きらきらと輝き始めていた。

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