第二章 美術部
第一節 美術部の部室にて
授業後のホームルームが終わったある日。
帰る準備をしていた澪に有華が声をかけてきた。
「澪、この後あいてる?」
「え?有華、美術部じゃないの」
「そうなんだけど」と有華は続けて提案があるの、と言った。
「美術部、見学してみない?」
「えっ」と澪は固まってしまった。
絵なんて真剣に描いたことがない。縁もゆかりもない世界だ。
小学校でも中学校でも絵が好きなクラスメイトはいた。
休み時間中にずっと描いている子たち。
澪は、外で遊ぶのが好きだったので、その子たちのグループではなかった。
絵を描いたのは義務教育の間だけだったし、気を入れて描いた覚えもない。
高校の普通科は基本、大学に向けての進学しかカリキュラムに組んでいないので、美術科以外は美術の授業もなかった。
正直、澪にとっては「どう断ろう」という考えが真っ先に浮かんだ。
しかし有華は「行ってみるだけでいいから」「いるだけでいいから」と説得してくる。
なおも渋る澪に、有華はつまらなそうに学校生活を心配だったと言葉を重ねた。
千夏も暗い顔の澪を心配していたと言われると澪はぐうの音も出なかった。
なかば、引っ張られるように美術部の部室に向かう。
この高校の美術部は美術科クラスのある棟にある。美術科があるだけあって、部室は日当たりの良い、大きな教室だった。
「すごいでしょ。この部室は美術部専用で、授業にも使わないんだよ」
確かに、テニス部の部室の何倍もある広さだ。部室には有華たち以外は誰もいない。石膏像があり、イーゼルには描きかけと思われるキャンバス、そして独特の絵の具の匂い。
壁にずらっと飾られた絵に澪は圧倒された。
有華によると、ここに飾られる絵はコンクールで賞をとったものに限られるらしい。
薔薇を描いている一枚は、花の部分が赤でも白でも黄色でもなく、様々な色のグラデーションを織りなしている。茎や葉の色も既成の薔薇を超えて不思議に表現されている。薔薇でありながら見たこともない薔薇としか言いようがなかった。
掲げられている絵は、どれも特異で、しかし美しい。そう澪に感じられた。
今日は、美術部は休みの日で、出席したい人は写生に出かけていると有華は澪に説明した。
有華はここで絵を自習するつもりで、澪とゆっくり出来ると思って誘ったらしい。
確かに、多彩な絵を見ながら有華と過ごせるのは澪にとって嬉しかった。美術という縁のない世界に触れられて新鮮な気持ちがした。
「今度は部員の人たちを紹介するよ」
有華はそう言った。
また、来ないといけないのかと澪は内心、そう思っていた。
部員の人たちが来たら、本格的に勧誘になるのではないかと思った。
しかし、有華によると美術部は美術科の学生も多数在籍していて、先生も絵に関しては、すこぶる厳しいらしい。澪はそれを聞いて安心した。私の出る幕ではない、と思ったからだ。
しかし、安心と同時にここも本当の居場所ではないことに一抹の淋しさを感じた。
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