第三節 美術部の人たち

卒業制作で忙しい美術科の部員を除いて、澪は同学年や一年生の美術部員たちと仲良くなっていった。有華は美術マニアで部の普通科ながら、賢いこともあって部の中心的存在のようだった。澪を次々と部員たちに紹介し、繋いでくれるのが有華だった。

澪が事故にあってテニス部を退部したことは、皆知っていた。その部分も大きく、入部しなくても澪には皆、フレンドリーだった。


その中でも、変わっていたのが、同学年で美術科のサーシャだ。ロシア人と日本人のハーフという彼女は、白く透き通った肌に青い目をしていて、お人形のような美貌の持ち主だ。

しかし、話すと始終うるさい。最初の楚々とした印象は裏切られる。描く絵も筋骨隆々とした男の人ばかり。サーシャの容姿で恋に落ちた男子は早々に諦めるか、筋トレをし出す、と有華は言った。彼女を絵のモデルにする人も多いらしく、部ではマスコット的存在だそうだ。


他に気になった部員は、来栖先輩というちょっとぬぼっとした美術科の三年生だ。彼は他の部員のように絵の具を使うことなく、鉛筆だけでずっと静物画を描いている。卒業制作を描かなくていいのか疑問だが、誰とも談笑することなくずっと鉛筆で描き続けている作品たちはものすごくレベルが高い。鉛筆の濃淡だけでこんなにも立体的になるのかと、澪は来栖先輩の作品を観るにつけ感心した。


部長は草間という三年生の美術科の生徒らしいが、彼は合同で卒業制作に取り掛かっていて目途が立てばまた美術部に顔を出すだろう、ということだった。


しかし、草間の絵は部室の壁に飾られていて、澪はよくその絵を目にしていた。植物とうさぎを描いたその絵は、草間が一年生の時に描いてコンクールで入賞した絵らしい。うさぎはうすいブルーで塗られているのに全体的に優しい色合いで、それを取り囲むように描かれた植物たちは淡く、あたたかい色味をしている。有華に聞くと、ものすごく優しい先輩だそうだ。澪はこの絵を眺めながら、本当に優しそうと深く納得する気持ちだった。無機物を描く来栖先輩とは対照的に命がある題材を得意としているのも頷ける。


厳しい先生に会うのは少し勇気がいるが、草間部長とは会ってみたいな、と澪はひそかに思っていた。入部もしていないのに図々しいな、と自分でも思ったがこんなあたたかい絵を描く人は実際、どんな人物なのだろう、という気持ちが湧いて仕方がない。


サーシャも来栖も、まだ見ぬ草間部長も、自分の描きたいものや世界を存分に表現している美しかったり、個性的だったりする絵に澪は魅せられていた。そしてそんな絵を描ける人たちを澪は羨ましく思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る