対面

 タデウスが放った言葉は、調査隊の全員に大きな驚きをもって受け止められた。確かにわたしたちは彼らの歴史について知ることができる場所への視察を申し入れたが、その解説が惑星の最高権力者から――しかも彼らはわたしたちについてほとんど何も知らないのに――直々に執り行われるとは誰も予想していなかった。

 総合統治機構本部への移動には、再びトランスポートネットワークが利用された。先程まで視察していたを出てほんの少しのところに、駅があったのだ。タデウスたちは、必要最低限の移動コストを計算したうえでルートを選択していたらしい。

 駅にやってきた例の小部屋の中では、調査隊の隊員たちによる質問合戦が繰り広げられた。各々これまでの視察で抱いた疑問は数多あったようで、統治構造の詳細はどうなっているのかだとか、資源供給はどうだとか、宗教文化は存在するのかだとか、質問の嵐はいつまで経っても止みそうになかった。

 一方で、わたしとタレンだけは、じっと沈黙を保っていた。隊員たちが投げかける質問の多くは、たしかにこれからのエラスの支配において役立つ、有益な情報の核心をついている。だが、おそらくはわたしとタレンだけに共有されているであろう、違和感とも不安感とも言えるこの不可解な感情を巻き起こしている疑問たちには、何のヒントも与えてくれなかった。

 おもむろに、タレンがこちらを向いた。何を思ったか、タレンは自分の翻訳機の電源を落とし、わたしにむかって直接、でささやいた。

「君も翻訳機を切れ。彼らに分からないように話がしたい」

 わたしは納得し、タレンの要求に従った。彼はわたしが翻訳機を切ったのを認めると、声を潜めてこう訊いてきた。

「これまで得られた情報で、君がもしなにか結論めいたものを導きだしていたら、是非教えてくれ。そうでなくとも、なにか大きな命題のようなものは得られていないか?」

 これには、わたしは首を振るしかなかった。

「だめだ。わたしはこちらに来てから、よけいに彼らのことがわからなくなってしまったよ。何も考えていなかったわけじゃない。彼らの感情や論理性は十分に理解可能だったし、そこから生み出された社会も文化も知的生命として高等なものだ。単にまだ時間が足りていないだけで、わたしたちに追いつくことだってできるとは思う。彼らとわたしたちが協力して科学研究を行うこともできるだろうさ。植民先の先住民というだけでなく、素晴らしいパートナーになれるよ」一度言葉を切ってから、わたしは付け加えた。「だが、それがわかればわかるほど、やはり彼らがわたしたちをここまで歓迎する理由がわからなくなるんだ。彼らの社会は幸せそうだ。わたしたちが宇宙のあちこちで起こしている紛争のようなものはないし、人々も幸せに暮らしている。これから向かう総合統治機構だって、ほとんど独裁的な機関なのに、市民のために良好に機能し続けているらしい。わたしたちの社会ではこうはいかないよ。もしこれができるなら、あんなに複雑でまどろっこしい、時間のかかる意思決定機関なんて必要ないんだ」

 タレンは黙ってわたしの話を聞いていた。

「もしかすると、わたしたちの感性が非常に低俗で愚かなだけで、彼らこそが真に合理的で模範的な知性の持ち主なのかもしれない。だからこそ、わたしたちに対しても、とは考えもせず、喜んで受け入れるのかもしれない。だが――」

 タレンはわたしを遮った。

「そんな生命は、ここまで生き残ることはできない――だろう?」それはまさに、わたしが言わんとしたことだった。「生命は長い時間の中で、生存に有利な形質を獲得して行くんだ。これは生命の遺伝情報を伝える物質がなんであろうと関係ない。それが外的要因や複製ミスでされ、変異を起こす可能性さえ持っていれば、淘汰圧によって環境に適した形に種全体が進化していくんだ。そこに意思があるわけでも、どこかの目標地点を見据えて変化しているわけでもない。だから、彼らほどの善性は、利他性は、合理性は、非合理的なんだ。これでは進化のすべての段階に外敵が全く存在しないユートピアを歩んできたと仮定しなければいけなくなる。そしてこれはまた矛盾を引き起こす。そんなユートピアでは、進化自体が起こらない。そのままでいいのだからね。彼らのような生命の存在を既存のわたしたちの知識で説明するには、彼らははじめからああなるべくして突然現れたのだと言うしかないのだ」

 もう、ため息をつくことしかできなかった。

「この時代になってまで、神を信じろと説教されている気分になってきたよ」

 タレンはまたも黙り、何か悩んでいるような様子を見せていたが、唐突に切り出した。

「神は、いるのかもしれない」

「は――?」つい、そうこぼしてしまった。冗談だろうか。だとしたら彼らしくもない。冗談でなければもっとひどい。長年蓄えてきた知識に裏切られ、ついにおかしくなってしまったのだろうか。

「いや、ふざけているわけではない。一つ仮説があるんだ。だが――」

 そこで、タデウスがタレンの方を見て何か言っていることにわたしたちは気づいた。慌てて翻訳機の電源を入れると、再び彼の言葉が聞き取れるようになった。

「――に到着します」

「ああ、申し訳ない。翻訳機の調子が良くなかったようで、よく聞き取れなかった。もう一度言ってもらえるかな」タレンは取り繕った。

「はい、わかりました――まもなく総合統治機構に到着します。総合統治機構ビルは内部までトランスポートネットワークが直接接続されていますので、この小部屋を出たらすぐに議長室のあるフロアになります。わたくしどもには議長室への入室許可が出ていませんので、その先はご一緒できませんが」

「その議長とやらとの話が終わったらどうすればいい?」

「専門家の方々はここで解散となりますが、わたくしとほか数名は議長室の外で待機していますので、終わり次第対応いたします」

 タデウスがその言葉を言い終わるやいなや、小部屋が例の軽快な効果音をたてながら停止した。議長とよばれるエラス人との会談を前にわたしたちの緊張感は最高潮に達していたので、その効果音の軽快さはどこか皮肉めいて響いた。扉が開くと、そこは白い床と壁で作られた質素な廊下だった。両壁には一定間隔でドアが並んでおり、窓はない。

 タデウスが黙って廊下の奥へと向かいはじめたので、わたしたちはそれに従った。廊下の最奥に行き着くと、そこには他のドアとは違う、質素な装飾が施されたドアがあった。ドアの表面に埋め込まれた金色のプレートには〈議長室〉の文字が彫り込まれている。

「少々お待ち下さい」

 そう言いながら、タデウスはドア横の壁に取り付けられた装置を操作した。まもなくして、装置から声が流れ出てきた。

「どなたかな」

「こんにちは。リック議長。タデウスです。コルネスの調査隊の方々をお連れしました」

「わかった。をあけるから、ご案内しなさい」

 カシャッという動作音が聞こえ、ドアが解錠されたことがわかった。タデウスは、ドアを開けながらわたしたちにいった。

「では皆様、中へどうぞ。また後でお会いしましょう」


 議長室の内装は、廊下のそれを引き継いで質素なものだった。部屋の奥に取り付けられた窓からはサピエンティアの街が一望でき、この部屋がビルの高層階――おそらくは最上階だろう――にあることを伝えていたが、窓そのものはごく小さなものだ。壁にはエラスの大陸図のようなものや、誰だかわからないエラス人の肖像などが飾られているが、特筆すべきものはなにもない。ただでさえ広い部屋は、その雰囲気のせいでよけいに広々として見えた。

 そんな部屋の奥側に配置された椅子に、この星の最高権力者は腰掛けていた。デスクの上に手を置き、わたしたちの方をゆったりと見据えている。

「どうも。待っていたよ。わたしはリック・サリヴァンだ。総合統治機構の議長をやっている」深く響く低音の、威厳と落ち着きを併せ持つ独特の声だ。

 わたしたちは、このどこか物寂しいとも言える部屋の雰囲気と、それとは遥かに遊離した彼という個人の持つ権力とが生み出す奇妙なコントラストに気圧けおされてしまっていた。しかし、流石というべきか、タレンがいち早く立ち直り反応した。

「はじめまして。今回の着陸調査隊の代表のタレンです。こうして直接お会いできるとは思っていなかった。光栄なことです」

「いやいや、そう恐縮しないでくれ。わたしの権力はわたしに割り当てられた役職が持っていた力であって、わたしはそれを使って仕事をしているに過ぎない。わたしは君たちには及びもつかない種族の、ただの一個体だ。たまたま今の議長がわたしだったものだから、挨拶をさせてもらおうと思っただけだ」

 リック議長は、あくまでも低姿勢だった。

「もちろん、本当に挨拶だけで終わらせようとは思っていない。幸いわたしは歴史については多少の心得があってね。君たちの質問には答えられると思うから安心してほしい。それよりも、ほら、まずは座ろうじゃないか」

 わたしたちは示された椅子に腰を下ろした。ふかふかとした、座り心地の良い椅子であったが、少々大きすぎた。部屋の雰囲気との統一感に欠けるようにも見えたので、わたしたちの体長がわからないなりに用意してくれたものなのかもしれなかった。

 リック議長もデスクに備え付けられた役職用の椅子を立って、わたしたちに向かい合うように配置されている椅子――こちらはエラス人の体長にぴったりのもの――にやってきた。

「さて、早速歴史について――といきたいところなんだが、先に一つ聞きたいことがあるんだ。構わないかな?」

「はい、問題ありませんよ。なんでしょう」

 タレンが応じた。

「君たち――コルネス人の目には、わたしたちの社会はどう映ったかな。この惑星への入植の目的はわたしたちというわけではないだろう。豊かで美しい惑星――これはわたしたちの主観だが――に入植して、新たな活動拠点とするなり、資源を入手するなりしようとしているんだろう? わたしたちは、あなたがたの同居人として御眼鏡に適いそうだったかな」

 タレンは頷き、これまでわたしと話してきたような、彼らについての印象――ただし疑念の部分は除いて――をリック議長に伝えた。

「なるほど。善性が強く利他的で、合理性に欠かない――か。それは嬉しいね」なぜか、リック議長のその言葉には、他人事のような、不思議な響きがあった。「ありがとう。よくわかったよ。では、わたしたちの歴史について――」

「待ってくれ」タレンがリック議長の言葉を制止した。「わたしからも、一つ聞きたいことがあるんだ」

 調査隊の隊員たちの訝しげな視線が、タレンに集中した。

「わたしが伝えたあなたがたの印象に、嘘偽りはない。だが、やはりわたしは、わたしが抱いた疑念を抑えたまま先に進むことができるほどお行儀が良くはない」

 わたしは、タレンがついに、わたしとともに抱えてきた数多の疑念を質問としてぶつけるのだと思った。わたしは、それらの質問はエラス人たちにとっては理解不能なのではないかという立場を捨て去っていなかったが、たとえそうだったとしても、このリックという男が相手であれば問題にはならないだろうと思われた。

 しかし、タレンが口にした言葉は、わたしの中にあった推測のすべてを、あっさりと裏切った。


「あなたたちエラス人は、本当に生命か?」

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