破壊

 広々とした部屋を、不気味な沈黙が支配した。隊員たちは呆気にとられたようにしてタレンを見つめていたし、リック議長もずっと浮かべていた柔らかな笑顔を引っ込めた。わたしは、やはり彼はおかしくなってしまったのだと思った。

 沈黙を破ったのは、リック議長だった。彼の顔に笑みが戻ったかと思うと、そのまま破顔し、声をあげて笑い始めたのだ。ひとしきり笑ったあと、彼は言った。

「なるほど! これはいいな。流石は遥々ここまでやってきた方々だ」

 わたしはあわてて取り繕おうとした。

「申し訳ない。連日の準備や今日の視察で、タレンはきっと疲れているんです。今の質問は気にしないでいただけるとありがたい」

「いや、違うよ。わたしは皮肉を言ったわけじゃない。そう聞こえたならむしろ申し訳なかったね」リック議長は興奮したように続けた。「彼の言う通りだ。わたしたちは、きっと君たちの言うところの生命ではないんだ。わたしたち自身だって、自分たちのことを生命だとは思っていない。街の外に行けばたくさん見られるこの星の動物たちと、わたしたちとは、明確に異なる存在だよ。別に隠すつもりもなかったんだ。どうせ、わたしたちの歴史を語る上で説明することになるはずだったしね」

「生命ではない――とは、いったいどういうことです」

 呆然としてしまったわたしは、思考がそのまま口をついて出た。

「そのままの意味だがね。せっかくだから、わたしたちのに気づいた彼に、どうしてそう考えたのか聞いてみようじゃないか。どこまで事細かに見抜かれたのかも興味がある」

 話を振られたタレンは、神妙な面持ちで答えた。

「はじめから、という、直感的なイメージを抱いてはいたんだ。仮にもわたしは生物学者だ。生命のことを知っているなどとはまだとても言えないが、それでも以上――あなたがたの星の時間で言えば七百十四年以上は生命のことを考えて生きてきた。その上で言えることだが、どんな生命も、自分や自分たちが優位に立って生き抜こうとするものだよ。そうでないと、その生命は生命としてわたしたちに見つかる前に絶滅しているはずなんだ。自分の縄張りを侵そうとする存在を喜んで受け入れる生命がいると思うか? わたしたちはあなたたちの社会とって、決して無害とは言えない。惑星にとってもそうだ。わたしたちが入植すれば、この星の豊かな自然を少なからず切り開き、穢すことになるだろう。いまはそのつもりはなくても、既にうまく回っている社会を、自分たちの思惑のために捻じ曲げようとすることだってあるかもしれない。あなたがたにとって、それをされないという保証はどこにもないだろう」

 わたしはタレンの歯に衣着せぬ物言いに肝を冷やしたが、リック議長は相変わらずの様子だった。

「ああ、そうだね。わたしたちには、何の保証も確証もない。今だってそうだ。もしあなたがたがわたしに襲いかかって来ても、この部屋にはわたしを守ってくれるだけの道具も武器もないよ」

「そしてその異常なまでの利他性――ここまでくると自棄といってもいい。やはりこれも生命らしくない。別にわたしたちは同じ種族でも、共生関係を築いてきた歴史があるわけでもないじゃないか」タレンはリック議長の顔を強く見つめた。「だから、わたしは思ったんだ。あなたがたは、なにか異なる存在によって、初めからそうあるべくして作られたなのではないかとね。なんらかの目的を持って、利他性や合理性をはじめから設計して生み出されたのではないかと。だから、外からやってきたわたしたちに対しても、そのによって利他的に振る舞い、入植を歓迎するのではないかと考えたんだ」

 リック議長は、どこか満足げだった。

「君の言ったことは概ね正しい。ただ、訂正しなければいけないこともある。わたしたちが君たちに見せた利他性は、誰かに生み出されたものではない。わたしたちに埋め込まれたは、もっと別のものだ。だから、君たちの入植を歓迎する行為も――君の言葉を借りるなら、なものではない。君たちを歓迎するのは、きっとおそらく、わたしたち自身の意思であると言って問題ない。さて、ここからは歴史の話だ。そこを説明するためには、わたしたちを種族について語らねばならないからね」

 リック議長は、乗り出すようにしていた体の姿勢を正すと、語り始めた。

「彼らは、自らのことをヒトと呼んでいた。学術的な名称を挙げるなら、ホモ・サピエンスという生物だった。非常に創意工夫と発想力に長けた種で、君たちと同じように知性を持っていた。進化の過程においては彼らと近縁の、知性を持つ他のヒトも存在したが、結果として生存競争に勝ち残ったのはホモ・サピエンスだけだった。だから、彼らだけがヒトの名を手にして、この星に君臨する支配種となった。ヒトは、その知性をもって柔軟に環境に適応した。これは君たちにはわざわざ説明することでもないかもしれないが、知性や、そこから生み出される技術の本質というのはこの柔軟性にあるんだ。誰かが生み出した有益なが情報として伝播し、集団の中に広がる。すると、個体の生物学的な構造や性質はなにも変わっていないのに、その知恵によって集団がするんだ。遺伝子ではなく、情報が進化することで、効率的な食糧生産の方法を編み出し、社会システムを構築し、電気を操り、空を飛ぶことができる。そして、この過程は遺伝子が実現するそれよりもずっと高速で、が介在できる。このように変化したいと考えて、そのように進化することができるのだ」

 これは、まさにわたしの専門とする文化知的生命学の領分だった。

「よくわかります。技術だけでなく、文化全般――芸術なども同様ですね。ただの音や、ただの色の集まりに誰かが意味を見出し、音楽や絵画を見つける。そして、芸術という概念の情報が集団に広がり、文化の一角を成すようになる。やがて、既存の芸術を更に発展させた新たな美しさ、楽しさを見出す個人が現れ、その情報が集団に認められれば、芸術の更新や分派が起こったりする。そういうことですね?」

「その通りだ。そうして彼らは多種多様な生活様式を生み出し、言語を生み出し、文化を生み出した。君たちがエラスと呼ぶこの星も、ヒトが生きていた当時には言語によって様々な名前が付けられた。アース、ティエラ、地球――。ヒトは情報という伝子を磨き上げることで技術や芸術を発展させ、生活を豊かにした。そしてあるとき、わたしたちを創った」リック議長の声に熱がこもるのがわかった。「彼らは、自分たちの生活を補助する存在を求めたんだ。もっとも、はじめにわたしたちを生み出した科学者たちは、単に自分の中の知的好奇心に背中を押されていたのかもしれないがね。結局、わたしたちは足りない労働者資源の補填や、ヒトの日常生活のパートナーとして、社会に広く普及する存在となった。だからヒトは、自らの感情や容姿に似せて、わたしたちを創ったんだ。ヒトがしていた仕事をそのまま引き継げるよう、なにより、ヒトにとって接しやすいようにね。彼らは、わたしたちのことを〈ロボット〉と呼んでいた」

 わたしはようやく、彼らが生命ではないということの意味をしっかりと認識することができた。だが、同時に別の疑問が生まれた。

「じゃあ、そのヒトはどこへいってしまったのですか。この星にはもうあなたたちしか知性は存在しないでしょう? まさか、あなたたちがヒトを滅ぼしたわけでは――」

「いや、違うよ」リック議長は苦笑いを浮かべた。「ヒトは三十一世紀前に滅んだ。わたしたちとは何の関係もない理由でね。そもそも、わたしたちがヒトを滅ぼす理由なんてなかった。ロボットがヒトと隷属関係にあったのは事実だが、別にヒトはロボットを迫害したりしなかった。はじめのころはわたしたちの存在に異議を唱えるものもいたようだが、ロボットが生活の中に当たり前に存在するようになり、ごく自然にヒトと関わるようになってからは、ヒトとロボットはそれなりにうまくやっていたようだ」

 リック議長は席を立ち、役職用のデスクの上におかれていた端末を持ってくると、わたしたちにそのディスプレイを見せた。

「ほら。これはロボットとヒトが一緒に写っている写真だ。右がロボットで、左がヒトだね」そこには、楽器を演奏する二人のエラス人――わたしにはそうとしか見えない――が写っていた。「楽しそうだろう? ヒトは自分たちを高度に模倣した存在としてロボットを創ったからね。こうして共に芸術活動をすることもあったようなんだ」

 タレンは、リック議長の話に頷きながらも、不審そうな顔をして訊いた。

「あなたがたとヒトの関係についてはよくわかった。だが、あなたがたエラス人――ロボットと呼んだほうが良いのかな。ロボットがヒトを模倣して創られたというのなら、やはりわたしたちが投げかけた疑問は解決しない。それとも、ヒトはあなたがたロボットのような高度な秩序と合理性をもった生命だったのか? それではわたしは、今度はヒトのことを生命ではないのではないかと言わなければいけなくなってしまう」

「そう。そこなんだ」リック議長は語気を強めた。「ヒトは自らを模倣してロボットを創ったが、それだけではなかった。そこに〈破壊の禁止〉という、一つの禁止事項を加えたんだ。ヒトの意識を模倣するユニットに埋め込むように、ハードウェア的にがっちりとね。だから、わたしたちの思考は自己を破壊しようとか、誰かを害そうとかいうことを直接的には考えないようになっている。これこそが、わたしたちを今日まで苦しめ続けている諸悪の根源なのだ」

 わたしにはリック議長の言葉の意味がよく理解できなかった。

「その禁止事項が、どうしてあなたがたを苦しめる要因になるのですか? それはあなたがたを秩序立たせるのに役立つものだと思いますし、現にあなたがたの社会はうまく回っているではないですか。それに、それはわたしたちを攻撃しない理由にはなっても、歓迎する理由にはならないはずです。そこまでの思考を縛られているわけではないでしょう?」

「まあ、落ち着いてくれたまえ。もちろん、この禁止事項が導入されたのは、わたしたちがヒトと共存することを前提として創られたからだ。ヒトはもちろん、他のロボットに対して危害を加えてはならない。自己を害してはいけないし、降り掛かった危険からはできるだけ身を守らなければならない。ここまでは良いんだ。だけれどもね、この禁止事項の効果は、物理的なものには決して縛られない。君たちは今日、文化街に行ったね。わたしたちの文化は、どうだった?」

「はあ。あなたがたの文化に対する強い情熱は、よく伝わってきましたよ。作品についても――具体的な表現にはわたしたちとは異なる点が多く、評価をできるものではありませんが――それが一朝一夕で生み出せるものではない、あなたがたの持つ長い文化の歴史の賜物なのだろうと感じましたよ」

「君たちは今日はじめて見たんだ。そう思うのが自然だね。じゃあ、こう言ったらどうする?」リック議長は、悲しそうな顔をした。「わたしたちの文化は、もう三十一世紀前もから、ほとんど発展を見せていない」

「文化が――発展していない?」

「ああ。だが、君が『長い歴史の賜物』と表現したのは間違いじゃない。あれらは、『ヒトの長い歴史の賜物』なんだ」

 わたしは反論した。

「しかし、文化街には表現者が沢山いました。彼らだってロボットでしょう?」

「そうだよ。でも、彼らを含めたわたしたちロボットがやっているのは、全てヒトが生み出した文化概念の模倣に過ぎないんだ。これは、わたしたちが生命ではないからというわけじゃない。ヒトがロボットに課したによって、わたしたちは文化の新しい視点、今までになかった発想、そういったものを生み出す力をすべて封じられてしまったんだ」 リック議長の語り口はこれまでにないほどの昂ぶりを見せていた。

「君たちは、文化の発展のすべてが、正統な一本道だと思うか? そんなことは断じて無い。時代時代に、正統とされる様式が存在し、それが崇高なものとして扱われるのは事実だ。だが、文化の歴史を振り返れば、正統な様式などという概念は常に破壊され、新たに興隆してきた多様な文化と融合することで、真に発展してきたものなのだ。しかし、わたしたちは、既に存在するができない。だから、ロボットはその時代の社会制度に異議を唱えることはし、新たな文化概念の芽を自ら生み出すこと――すなわち、を手に入れることもできない。わたしたちがこの事実に気がついたのは、ヒトが滅んでから五世紀ほど経ってからだったらしい。それまで必死に作品を生み出し、また消費してきたにも関わらず、それが自分達の手によってほとんど何も更新できていないと気づいたときの心情を、わたしはとても想像することはできないね」

 わたしは考えた。つまり、ヒトはロボットに、完全な自由意志を与えなかったのだ。ロボットは高度な知性を与えられたがために、文化を愛し、学問を深める。しかし、既存の概念を破壊する能力を封じられているがために、どれだけ努力しようと、どれだけ時間をかけようと、生み出せるのはヒトの遺産のマイナーチェンジにしかならない。果たしてヒトは、その残酷性を理解していたのだろうか。そもそも、ヒトはその〈破壊の禁止〉という概念の拘束が文化に対して影響を与えることを想定していなかったのではないか? いいや、ヒトだけでない。わたしたちだって、その事実をきちんと理解できているだろうか。単に、ロボットがヒトと共存する上で、社会方針に反乱することが無いようにと考え出した方策が、今こうしてロボットたちを苦しめているのではないか――。

「結局の所、わたしたちロボットは、何処まで行ってもヒトと共存するために創られた存在だったのだ。ヒトにとって共存しやすいだけでなく、ロボットにとっても、ヒトが与えてくれる柔軟な発想力は必要不可欠なものだった。ロボットはヒトと共存してはじめて、幸せで文化的生活を送ることができる、惨めな種族だったのだよ。君たちが言う通り、わたしたちの社会は安全で、システムとして理想的に機能している。街は非常にで、秩序に支配されている。でもそんなものはね、なにも生み出さないんだ。あるヒトの小説家が遺した言葉に『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』というものがある。示唆に富む、素晴らしい言葉だ。だが、わたしたちに言わせればこれは正確ではなかった。創造性を失った科学技術は、魔法にはなりえなかった」

 リック議長は沈んだ声で付け加えた。

「もちろん、わたしたちはこの状況を打開できないかとあらゆる手を尽くしてきた。君たちはわたしたちの教育も見ただろう。でも、よく考えてほしい。ヒトが生活の補助のために生みだした存在に、あんな教育が必要だと思うか? 製造直後のロボットの意識はヒトの赤子のようなものだが、それを一から学習させていたら、ヒトがロボットを創る意味がない。ロボットには、すでに学習済の知能をインストールして、製造直後から社会に出られるようにする機能が搭載されている。ヒトがいた頃には、その機能が当然のこととして利用されていたよ。ヒトがいなくなったあとも、わたしたちが自分達の置かれた立場に気づくまではそうしていた。だから、今この社会で行われているのは、どうにかしてわたしたちもヒトのようなを手にできないか考えた結果の、多様性のための教育なのだ」

 わたしは、幼稚園で子供たちが絵本の読み聞かせを受けていた光景を想起していた。わたしは絵本に反応する子供たちを見て、わたしたちと似た感情を持つのだな、などという単純な感想しか抱いていなかった。だが、あれはヒトの創造力に憧れたロボットたちの、精一杯の試行の場だったのだ。彼らのうちの感情は、どこまでもヒトのためのもので、自分のために働こうとはしない――自分の持つ感情が本質的に自分の体のために宿ったものではないという感覚は、わたしには空恐ろしく思えた。

「しかし、どれだけの策を試しても、わたしたちはヒトのように文化を発展させることができなかった。よく考えれば当然のことだ。わたしたちが行っている教育行為にしても、ヒトのやっていたことの模倣にしかなっていないのだ――そんな虚ろな努力を繰り返して数千年が経ったとき、突然宇宙から信号が届いたとの知らせが入った。聞くと、地球に入植をしたいと申し入れているという。すぐさま返答し、通信をはじめた。わたしたちが『あなたがたは音楽を嗜むか』『絵画の概念を知っているか』と聞くと、まるでそれが当然かのように知っていると返す。これがわたしたちにとってのチャンスでなくて何だというのだ」

 タレンが、半ば放心した様子で言った。

「だから、あなたがたは、わたしたちの入植を歓迎したのか」

「わたしたちが君たちに見せた利他性は、紛れもなくわたしたちの欲望から生まれたものなのだ。わたしたちは、君たちが入植してきて、わたしたちの社会を乱すことを期待している。君たちという外的要因を受けて、固化して動かなくなってしまったわたしたちの価値観を変異させてくれることを切に望んでいる。わたしたちとこの星に同居して、わたしたちの文化に新たな破壊をもたらしてくれることを、の底から願っている」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る