視察

 既に着陸船は母船から切り離され、エラスへの自由落下を開始していた。

「この翻訳機はみなさんの無発声音声、早い話が口パクを読み取って発話内容を認識します。ですから取り付け位置がズレた際などには――」「この対象言語のスイッチング機能は今回の入植計画では不要なので――」

 無重力状態の着陸船の中では、初回着陸調査の重要事項確認が行われている。いまは言語班が用意した翻訳機についての注意事項が説明されているところだった。この翻訳機には、軌道上から送り込んだ超小型ドローンが収集した音声言語コーパスをもとに学習した翻訳モデルが内蔵されていて、わたしたちとエラス人の間の通訳を行ってくれるのだ。さらに、エラス人の人々が持つ――わたしたちとは異なっているため直接は理解できない――などのパターンから、彼らが示している感情を推論し、わたしたちに教える役目まで果たしてくれる。

 わたしは言語班の説明にしっかりと耳を傾けながらも、心のなかではまだ、昨晩タレンに投げかけた疑問について思案していた。

 エラス人が入植者を歓迎する理由を理解するためには、一般にそれが歓迎されない理由を先に考えなければならないのかもしれない。それも、様々な惑星の生命にも適用できる、普遍的な理由を。そもそも、わたしたちが生命と認めているものが、必然的にそのような性質を持つとは考えられないだろうか――生命とは、それがどれだけ低級で原始的な種でも、高度な知性を獲得した種でも、自身の内側と外側という領域を区別し、内側の領域の状態を一定に保つこと――恒常性を持つことで、を維持するものだ。

 そして、その外側の領域、つまり自らが生活の拠点とする領域を自身の手で管理することは、長期的な恒常性の維持のための重要なピースであるはずだ。様々な生命がコロニーを作り、巣を作り、街を築くのはこれが理由ではないか。

 であれば、わたしたちが相対あいたいしようとしている生命はその逆、自らの恒常性の維持を重視しない、あるいは全く気にかけないような生命なのだろうか――いやしかし、それは考えにくい。既に知的生命として文明を築けるだけの地位を獲得している生命が、そうと他種に生殺を掌握させるような種であるとは思えない。現に彼らの文明は街を作り、周囲の環境を作り変えているのだから、これでは先程の仮説と矛盾してしまう。

 とすると、わたしたちの入植は彼らにとって、それを上回るほどのなんらかの利益となるのだろうか? しかし彼らは、生存権などの基本的な権利の保障を求めただけで、これまでに目立った主張すらしていない。いや――まて、そう考えると、彼らが通信の中でわたしたちに投げかけた質問には、なにか奇妙な偏りがなかっただろうか? と、そこで操縦室からのアナウンスが流れ始め、わたしの思索の糸は断たれた。

「まもなくエラスの大気圏に突入します。自由落下を終了して圏内飛行に移行するので、重力の影響に備えてください」

 アナウンスを聞いたわたしたちは、一方向のに埋め込まれている幾つものボックスの取っ手を掴んで、それぞれ引き出し始めた。引き出されたボックスは椅子のような形状に展開され、わたしたちは装備されたベルトを使ってそこに体を固定した。

 しばらくして、一瞬の加速度を感じたかと思うと、すぐに体がのほうにぐっと捕らえられた。「快適な重力だな」と誰かが呟いたのち、船内で小さな歓声があがった。わたしの横に座っていたタレンが、隊員たちの顔をぐるっと見回して言った。

「ここまでくれば、着陸はもうすぐだ。皆了解しているとおり、今回の着陸調査では、エラス人たちのもつ社会や教育、さらには芸術のような文化や彼らの歴史まで、多岐にわたる領域に関わる場所を視察する。ここで得られた情報をもとに、我々と彼らの共存共栄の道を推し進めていけるよう、各人は自己の専門領域に係る知見を存分に発揮して調査に励んでくれたまえ。我々の無窮むきゅうの繁栄を願って!」最後に叫ばれた調査隊のスローガンに、隊員たちが続いた。


 機体にかすかな振動が走り始め、着陸のための制動噴射がはじまったことが感じられた。一拍おいて、すべてが静止した。操縦室からのアナウンスが響く。

「エラスに着陸しました。大気圧、大気組成、気温等も問題なし」

 今度は船内で先程よりも大きな歓声があがった。ついに、遠方から眺めるばかりであった惑星の懐に飛び込んだのだ。

「あっ――前方の構造物から数人のエラス人が現れて、こちらに向かってきています――もう、すぐそこまで――側方で並んで、わたしたちの船を観察しているように見えますが、どうしますか?」

「大丈夫だ」操縦室の問いかけに、タレンは即座に返した。「乗降口を開けて、タラップを降ろしてくれ」

「わかりました。調査の成功を祈っています。我々の無窮の繁栄を願って」

 乗降口が緩慢な動きで開きはじめ、エラスの大気が船内に流れ込んでくる。母船の空気環境維持装置で製造されるな空気とは違う、色彩豊かな自然の営みが感じられる居心地のいい空気だ。ほどなく乗降口が開ききると、広大な森林のなかにぽっかりと広がる空き地のなかに、の姿があった。わたしたちと同じく、それぞれ二本の手足を持ち、多数の感覚器官が集合した頭部がある。表皮は凹凸が少なく、どこかつるっとしているように見える。こう見るとやはり体格は小さい。脚の構造はかなり異なるようで、膝のように見える関節部はわたしたちとは逆方向に折れ曲がっている。

 これまでも超小型ドローンが送信してくる映像の中で何度も確認し、調査対象としてきた姿ではあったが、今このときこそが紛れもなく、二つの知的文明の歴史に残るであろう対面の瞬間なのであった。

「遂にだな」わたしが言うと、タレンは静かに頷いた。

 わたしたちはタレンを先頭にしてタラップをくだり、エラス人たちの前へと向かった。全員が下船を完了すると、タレンがエラス人たちに向かって言った。

「はじめまして。わたしはタレンだ。今回の着陸調査の代表を務めている――と言って、通じているだろうか」

 一瞬の間があったが、すぐにエラス人たちの中の一人が、を浮かべながら一歩進み出てきた。

「ええ、とても流暢に聞こえます。はじめまして皆さん。わたくしどもの惑星へようこそ。わたくしは今回の皆さんの視察を先導させていただくタデウスというものです。総合統治機構の方からやって参りました。あなたがたの来訪をわたくしどもは歓迎しますよ」

 柔らかく聞きやすい声音だった。とても、たった今異星人とはじめて遭遇したとは思えないような、柔和で、そして堂々とした態度だ。タデウスと名乗った男が述べた総合統治機構というのは、これまでの通信においてもわたしたちの対応に現れた機関だ。この惑星の最高権力であろうと推測されている。

 タレンが、彼らの笑みを真似しながら返した。

「ありがとう、タデウス。では、早速最初の視察に向かわせてもらいたいのだが」

「もちろんです。はじめは社会――都市の視察でしたね。あちらに見える都市、サピエンティアにご案内します」タデウスが手で示した方向をに目を向けると、森林の遠景に、高層化されたビル群が見えた。「わたくしどもは都市周辺の移動にトランスポートネットワークというものを利用しますので、まずはそちらへ」

 タデウスは空き地の隅にある構造物にわたしたちを連れて行った。中に入ると、小規模な商店のようなもの――もっとも、いまは営業していなかったが――や、休憩スペースのようなものがあった。

「この空き地は普段は市民の自然公園として利用されている施設なのです。ここはその管理棟兼休憩施設です」わたしたちの疑問を汲み取ったかのように、タデウスは言った。「そして、でもあります」

 わたしたちが行き着いた先には、いくつもの扉――古典的な昇降機を思わせる両開きのスライドドアだ――が並ぶ空間があった。タデウスが扉の横に備え付けられたインターフェースを操作すると、まもなくして扉が開いた。扉の向こうには箱状の小部屋があり、座席やディスプレイのようなものなどが備え付けられている。

「お乗りください。地下に張り巡らされた物流装置を利用して、この小部屋ごと目的地までわたしたちをしてくれます」


 移動する小部屋の中でわたしたちがはじめにしたことは、お互いのメンバーの自己紹介だった。タデウスの後ろにずっと黙って控えていたエラス人たちは、今回のわたしたちの視察を補助する目的で揃えられた、専門家たちであったらしい。かくいう私自身も船を降りてからずっと黙りきりであったから、彼らから見たら怪しい異星人だと思われていたかもしれない。

 そんな、どこか牧歌的なことを考えていられるほどに、彼らの態度は友好的であった。

 しばらくのあいだ、タデウスの言ったトランスポートネットワークや、部屋の中の細々とした物品などについて話を聞いていた。彼によると、先程見たようなと呼ばれる施設が各地に設置されているとのことで、都市に関わる交通や物流はほとんどがこのネットワークを介して行われるらしい。わたしたちの調査ドローンが地上で目立った移動手段を発見できなかったのは、どうやらこれが理由であったようだ。

 やがて、軽快な効果音を鳴らして小部屋が停止した。タデウスに促されて小部屋を出ると、空を切り裂く摩天楼の群れが目に飛び込んできた。そこは、やはり扉が立ち並ぶ駅であったが、壁面は先ほどとは大きく異なり、母船の展望室を彷彿とさせるガラス張りとなっていた。

「ここがサピエンティアの中心部、通称労働街です」タデウスは歩みを進めながら言った。「わたくしどもの社会は、衣類や日用消費財などの生産がほとんど完全に自動化されていて、それらは市民が望めば適時手に入ります。それに、一定額の基礎所得保障もありますから、労働は義務ではありません。でも、贅沢品や興味のために労働する市民は沢山います。こうして労働街が維持されているのがその証拠ですね。わたくしの所属である総合統治機構も、ここ労働街にあります」

 わたしたちは駅から出て、ビルの間の通りに進んだ。狭い空に見下された通りは、予想に反して光に溢れていた。街の随所に用いられている白色の材料が、入射してくる光を散乱し、ビルの足元まで光を運んでくるらしい。街を構成するあらゆる要素が、高度な計画

性を示していた。道行くエラス人たちは通常通りの生活を送っているようで、わたしたちを目にすると驚愕した様子を見せた。わたしはこれまでのタデウスたちの反応から、もしやエラス人は驚くという感情を知らないのではないかと疑っていたので、なぜか安心した気持ちになった。

「市民にはあなたがたの来訪は通知していましたが、具体的な場所とルートまでは発表しませんでしたからね。でも、皆歓迎してくれますよ」

 タデウスの言葉通り、驚きから醒めた市民たちは、にこやかな顔でこちらに挨拶したり、手を振って友好を示すなどの行動を見せた。なんとなく気になって、わたしは訊いた。

「この都市ではどのくらいの市民が生活しているんだ?」この質問にはタデウスにかわって、エラス人の専門家のひとりが答えた。

「サピエンティアだけで見れば約三百万人、周辺に分散している小中規模の街も合わせれば約五百万人になります」わたしは軌道上から見たエラスの全景を想起しながら、もう一度訊いた。

「じゃあ、この惑星で見たときの全人口は?」

「他に都市ももありませんから、やはり約五百万人です」専門家は、冗談でも言われたかのように微笑んだ。「これがわたしたちの総数になります」

 わたしは思わず唸った。これは、事前の調査でも推測されていたことではあった。しかし、地上で彼らの高い知性――おそらく我々にも劣らないだろう――を実感して、より疑念が大きくなった。普通、この水準の技術力を持つ知的生命体は、到達できる惑星の表面をすべて飲み込もうとでもいうような勢いで活動範囲を広げていくものだ。現にわたしたちはその過程を経て、遠く離れた他の惑星にまで手を伸ばそうとしている。人口にしても、同様の視点から見て計五百万人というのはあまりにも少ない――。


 歩を進めていくと、徐々に街の雰囲気が変化し始めた。

「このあたりから、文化街と呼ばれる区画に入ります」タデウスが解説する。「文化街は娯楽施設をはじめとして、服飾や美容、飲食など市民生活に関わる文化的施設が多く存在します。美術館や博物館、教育施設なども文化街に存在しますから、わたしたちの文化と言えるもののおよそ全てここにあるといってもいいかもしれません。わたくしどもの社会には十分な時間がありますから、文化活動に打ち込む市民は多いのです」

 文化街の建物の背は労働街のそれと比べて大分低く、空が広がって見える。代わりに、建物の壁面に取り付けられた大型のビジョンや、あちこちに群れて生える看板などがよく目立っている。人通りは労働街よりもずっと多く、街と同様に人々の服装や雰囲気にも独特なものが感じられた。わたしは、本星の歓楽街や、先端的カルチャーの集うショッピング・ストリートなどがちょうどこんな雰囲気ではなかっただろうかと考えたが、どこか、何かが違うように思われた。一呼吸ほどおいて、わたしはその違和感の正体に行き着いた。

「ここはとても治安が良いな。静かで、落ち着いている――もちろん、ビジョンの音も、人々の喧騒だって聞こえているが――しっかりと秩序だっているというのかな。わたしたちの故郷にもこういった街はあるのだが、それはもうひどいものだよ。壁は無秩序ならくがきで溢れかえっているし、なにかあればすぐにお祭り騒ぎだ。路上だってこんなに清潔じゃない。素晴らしいことだね」

 わたしの言葉に、タデウスははじめて動揺した様子を見せたように思えた。見ると、エラス人の専門家たちも目を伏せている。わたしは少し怪訝けげんに思ったが、彼らはすぐに調子を取り戻したようだった。

「それは――ありがとうございます。確かに、治安が良いという言葉はわたくしどもの社会によく当てはまります。文化街のみではなく、社会全体に万遍なく言えることですが、いまあなたが仰られたような行為はほとんど見られません」

 わたしは、タデウスの言葉に新たな違和感を覚えた。これはタレンも同様であったようで、彼がわたしの思考を代弁した。

「ほとんどというのは、社会全体を通して、その――そうだ、社会秩序や治安を乱すような行動をする市民がいないということでいいのか?」

「はい」タデウスは極めて端的に答えた。

「それを全くする気が起きないほどに、重い罰を与える法や制度があるということか?」

「いえ、たしかにそういった行為を罰する法はありますが、決して重い罰が課されるものではありません。ただ単に、そういった法は過去にほとんど司法の場において利用されたことがない、ということです」

 また不可解な問題が増えてしまった、とわたしは思った。直で接してみてわかったことだが、彼らの感情や知性は、わたしたちと相似点が多い。言動の論理はもちろん、それがどのような感性から導かれた言葉であるのかも十分に理解可能であることがほとんどだ。 タレンであればきっと、これは集団で生活する知的生命が、収斂しゅうれん進化的に獲得することが多い形質であって、わたしたちと接触した、エラス人以外の知的生命にも見られたものだ――とでも言うだろう。これにはわたしも同意するところである。しかし、それならばなぜこれほどまでに局所的に、彼らと我々のは異なっているのか? そうするような環境で彼らは進化してきたのだと言われればそれまでだが、ここまで部分的にわたしたちと彼らを隔てるような外的要因が存在しうるだろうか。

 わたしは、今まで抱いてきた疑問をすべてタデウスにぶつけようかと迷った。これまでじっと考え続けてきたが、ますます答えが見えなくなってきてしまった。しかし、それは無意味であるようにも思えた。なぜなら、彼らについてわたしが抱いている疑問は、わたしたちが「どうしてあなたはその赤が赤に見えるのですか」と訊かれるのに等しいような問題であるように考えられたからだ。この疑問には「光の波長を分類して認識しているのだ」と答えることはできても、それは「では、なぜあなたの見る赤はその赤なのか、どうして赤という概念はあの色なのか」という本質的な問題への回答にはなるまい。わたしたちは自らの感情や身体機能がそうなっている理由を解釈することはできても、究極的になぜそのように実現され認識しているのかという点については手出しできないのだ。

 ――せめてもう少しだけ、彼らの行動原理を探ってみよう。わたしの専門とする文化知的生命学の本分はそこにあるではないか。そう思い直し、わたしは目の前で飛び交う情報に一層傾注することにした。

 文化街は、はじめにタデウスが紹介した通り、目についた文化と言えるものすべてかき集めて、もう一度丁寧にに並べ直したような街だった。わたしたちはタデウスに連れられるがまま、美術館、コンサートホール、博物館などを回り、エラス人の文化にたっぷりと触れた。文化街は展示のみでなく、表現の場でもあるようで、道中では何人もの表現者たちと話す機会があった。彼らはみな自分の作品について滔々と語り、エラス人が文化を愛していることがよく伝わってきた。


 タデウスが文化街の中で最後にわたしたちを先導していったのは、教育施設だった。わたしたちは、大学のような教育・研究機関で、彼らにとっての先端研究やそれに関わる講義を視察することになるであろうと予測していたから、案内された場所には意表を突かれた。そこは、幼い子供のための情操教育やコミニュケーションのトレーニングなどを行う、いわば幼稚園のような施設だったのだ。子供たちはちょうど絵本の読み聞かせを受けているところであったようだが、わたしたちが現れたことで場を乱してしまった。だが、すぐにエラス人のが呼びかけ、子供たちは従順に集合した。子供たちは保育士の読み上げる物語と、絵本のうちにに描かれる美しい世界に興味津々といった様子だった。空想の中で展開されていく事物にコロコロと表情を変え、声をあげて反応するさまをみていると、わたしたちとよく似た感情を持つのだというわたしの仮定が裏付けられていくように思われた。

 ――とはいえ、このような感想を抱くことができたのは、幼稚園の視察も半ばになったころの話であり、訪れたばかりのわたしたちにはそれどころではない、大きな問題が降り掛かっていた。

 タデウスに言われるまで、わたしたちはその施設を幼稚園であるとのだ。正確に言うと、そこで教育を受けているエラス人たちのことをということが認識できず、そこが幼稚園のような幼少教育の場であるとも考えなかった。なんと、エラス人の子供の容姿は、大人のそれと全くと言っていいほど変わらなかったのである。

 もちろん、わたしたちはまだ、エラス人の個人をしっかりと識別できるほど彼らに馴染んではいなかったし、子供と大人についてもわたしたちに見分けがつかないだけで、彼らの中では十分に識別可能なのかもしれなかった。

 もっとも、この事実よってもたらされた衝撃が一番大きかったのは、わたしではなくタレンのほうだったようで、彼の言葉には隠しきれない動揺が見て取れた。

「あれが君たち――エラス人の子供なのか? 体長もほとんど――大人と変わらないようだ。みたところ、骨格にも成長による差異は無いように思うが――わたしは生物学者としていろいろな惑星の生物を見てきたが、この大きさの重力、大気圧下に暮らす、君たちほどの体長の生物で、全く成長をしない――身体に変化が起こらない種というのは聞いたことがない」

 タデウスはにこやかに応じた。

「はい。仰るとおり、わたくしどもの体は一生を通して成長しません。しいて言うなら、大人の体の方が劣化していますが」タデウス自分の頭を指差して補足した。「ですが、は別です。教育を受けていない子供の思考は幼く拙いものです。ですから、こうして――社会生活に適応できるよう、社会に新たな視点をもたらしうる存在になるよう、幼少教育を行うのです」

 タレンは表情をこわばらせ、それきり黙り込んでしまった。

 その後、子供たちと交流する時間が設けられ、最後には合唱のプレゼントまで受け取って、幼稚園の視察は終了した。わたしたちに見せた姿のどこをとっても、子供たちはみな、無邪気で、素直で、従順であった。

 幼稚園を出ると、タデウスが言った。

「これであなたがたが希望されていたうちの、社会、文化、教育に関わる施設の視察が終了しました。最後に、わたくしどもの歴史について、総合統治機構の議長のほうからお話がいただけると思いますので、労働街にある本部に向かいましょう」

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