きれいな星

遍歴職人

序文

 着陸をに控えた、わたしは狭い船室を抜け出して、展望室へと赴いた。永遠とも思えた閉鎖空間への束縛から開放される喜びと、拭いきれない一抹の不安が、わたしの休息を妨げたのだ。

 長い船内の廊下を抜けて展望室に行き着くと、資源豊かな惑星を全面に映したパノラマビューが広がる。展望室の壁面は、その総体がほとんど不可視になるように光学特性を調整された四層の結晶化ガラスで構成されており、意識して気にかけなければ、船内が宇宙空間と連続しているのではないかと錯覚を起こすほどであった。その光景に圧倒されつつ、ふと展望室の側方に目を向けると、そこにはタレンがいた。わたしが声をかけて良いものだろうかと躊躇している間に、彼は眼前の惑星に目を向けたままこう言った。

。美しい星だ。本星ほんせいを思い出すね」

 タレンの言葉のとおり、とても美しい星だった。表層の大気では白くうねる雲が複雑な大気循環を誇示し、地表面では主星からの光を存分に受け取った海洋が‌紺碧こんぺきにきらめいている。海洋に点々と浮かぶ大陸には深い緑が差し、この惑星にも高度な生態系が存在することを示している。そして、いまは主星の光が陰っている夜の部分に一点だけ、明るく輝く知性の光が灯っていた。

 しばしの沈黙ののち、態度と表情で彼の言葉への同意を表しながら、わたしはたずねた。

「この星の文明――エラス人たちについて、君はどう考えているか教えてくれないか」

 わたしがこの調査隊――正式名称を〈新規ハビタブル惑星入植計画先遣調査隊〉という――への参加提案を受け取った際には、驚きとともに、好奇心を強く刺激された。というのも、文化知的生命学者であるわたしにこの提案がやってくるということは、今回の計画の対象となる惑星には、事前の広域探査で観測可能な水準の技術力を持つ先住文明が存在するということにほかならなかったからだ。これまでもわたしたちの文明は、先住文明が存在するいくつかの惑星に入植を行ってきた。しかし、その新たな一員となる文明を真っ先に相手にできる機会など、そうそう得られるものではない。わたしは提案を受け取ったそのままの勢いで快諾したことを覚えている。

 当然、この計画にあたっては全世界から各分野に選りすぐりの優秀な人材が集められた。タレンもそのうちの一人で、惑星比較生物学の権威だ。彼いわく惑星比較生物学というのは、さまざまな惑星環境のもとで進化した生物の形質を互いに比較し、ある惑星環境に対して発生しやすい生物の傾向を調査、体系化する学問だという。わたしの専門である文化知的生命学は、複数の知的生命の文化を比較し、生活環境と身体機能による知的生命の生活様式の形成の違いについて考察する学問であるから、生物と文化という違いこそあれ、思考方式に多くの共通項が感じられた。そのためか、タレンとわたしの話はよく弾み、退屈な船内でいつも激論を繰り広げていた。

 タレンは先程のわたしの質問をじっと吟味しているようであったが、ふいに言った。

「エラス人には十分な技術力があるし、当然それを生み出すだけの知性もある。だが――思うに、我々とは思考形態が幾分か異なるのではないだろうか。ほら、今までにも、意図の疎通は可能であっても、互いのもつ感情の概念を理解し合えないタイプの生命はいたじゃないか」

 彼はそう言い切ったものの、とても自身の回答に納得しているようには見えなかった。結局のところ、彼もこの展望室でわたしと同じ不安要素について思索を巡らせていたのだろう。彼は明日の着陸調査の代表であるから、わたしなどより気がかりであろうことが察せられた。

 わたしたちの船がトリー星系第三惑星であるエラスの周回軌道に乗って、既にが経過している。本星でエラスへの入植計画が立案されてからで言えば、わたしたちはこの計画に更に多くの時間を費やしている。とはいえ、タレンとわたしが明日のエラスへの着陸に漠然とした不安感を抱いているのは、決してこの期間中の調査の進捗状況が芳しくなかったなどの理由ではない。わたしたちは軌道上を周回しながら、エラスの地形や植生を綿密に調査し、エラス人のおおまかな生活様式をまとめあげ、利用されている言語を解析し、技術水準を把握した。つい最近に何度か行われた彼らとのコンタクト――テキストの通信による、ごく短いものだが――では、わたしたちにとって上々の成果を上げている。つまり、明日の着陸は、軌道上から可能な限りの準備を済ませた上での、満を持しての決行なのだ。これまでの成果のおかげで隊員たちの士気も高く、申し分ない状況であるといえるだろう。

 この状態こそが、わたしたちの不安要素であった。

 過去に入植を行った、一定以上高度な先住文明の存在する惑星において、その計画がはじめからおわりまで、まったく思い通りに進んだという例は、残念ながら存在しない。わたしたちの文明との科学力の差を理解し迎合することはあっても、それはあくまでも降伏を意味する行為であり、先住文明にとって喜ばしいと受け取られることはなかった。

 そのしわ寄せとして、先住文明の民衆による暴動が起こったなどの事案は、さして珍しくもない。

 ひどい例では、先住文明とのコンタクトの初期段階で問答無用の迎撃戦を展開され、やむを得ず武力による鎮圧を行わなければならなくなったこともある。

 ましてや、先住文明の総意として歓迎されるなどということは、いまだかつて一度もなかった――これからは、を除けば、と改めなければならないのだが。

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