第59話 神様の仕業~阿里沙~

 ガラスの引戸を開けると焼き台の炭の香りを感じた。


「あ、やっと来た。遅いよ」

「えっ⁉」


 店に入り、真っ先に声をかけてきたのは神代だった。


「ウソ⁉ 神代ちゃんも来てくれたんだ!」

「お久し振り。元気だった?」


 グループチャットに参加していない神代と言葉を交わすのはあの夏の旅以来であった。


「私がお呼びしたんです」

「そっか。怜奈は連絡先知ってるもんね」


 久し振りに見る彼女は髪も短くして明るい色に染めている。

 化粧もまるで違うものとなっており、まるで別人だ。

 これなら悠馬もなんの意識もなく接することが出来るのか、それとも結華を思い出しても以前のように取り乱さないのか、神代の隣に座っていた。


「神代ちゃんは今なにしてるの?」

「もちろん『かみさま』として天界で暮らしてますよ」

「もういいから、そのキャラは」

「私の千里眼によると神代さんは元々劇団員さんです。今は次の公演に向けて稽古中なんじゃないでしょうか?」

「もう、なんで言っちゃうのよ、怜奈さん。神キャラで通したかったのに」


 神代は頬を膨らませて拗ねる。


「神代ちゃんって舞台女優なの⁉ その割にはバスツアーのときの演技が下手じゃなかった⁉」

「あれはそういう神秘的な役作りだったの!」


 神秘的というよりは偶像的な感じだった気もするが、それは胸のうちに止めておく。


「悠馬さん、お久し振りです。お元気そうで安心しました」

「怜奈さんも元気そうだね」

「はい。あの旅を経験して、私も少し変われました」

「よかったね。僕もあの旅のお陰で前を向くことが出来たよ。ありがとう」

「私じゃありません。悠馬さんがご自分の力で立ち直れたんです」


 阿里沙は改めてメンバーを見渡す。

 引きこもった生活をやめて外に出たもの。

 彼女の死を乗り越えようとするもの。

 がんじがらめのしがらみから抜けて新たな世界を目指すもの。

 親の支配から逃れようともがきはじめたもの。

 過去と栄光と割り切って現状に向き合えたもの。

 そして大学を目指して勉強を始めたもの。


 みんなあの旅行をきっかけに大きく変わることが出来た。

 こんな展開は主催者の怜奈も想像していなかったはずだ。

 仕掛人の意図を越え、まさに神様の仕業と言うべき結末だ。

 あの旅は本当に神様に導かれた旅だったのかもしれない。


「お、ようやく揃ったな?」


 カウンターの奥から聞き覚えのある声がして振り返る。


「う、運転手さん⁉」


 そこにはあのバスの運転手が割烹着姿で立っていた。


「驚いただろ? 俺もさっきビックリした」


 翔がニヤニヤと阿里沙を見る。


「どういうこと⁉ 怜奈のバイト先の店長って運転手さんだったの⁉」

「黙っててごめん」

「言ってよね、もう! てか運転手から転職したの?」


 訳が分からず怜奈と運転手を交互に見る。


「いや俺は元々料理人が本職だ」

「どうりで運転は下手くそだけど料理は上手いと思った」

「うるせぇ。余計なお世話だ」


 元運転手店長は笑いながら悪態をつく。

 旅の時の礼儀正しい態度は微塵もなかった。


「実はもうひとつ話さなきゃいけないことがあるの」


 怜奈は伏し目がちにみんなを見た。


「まだあるの? サプライズはひとパーティー二回までだからね」


 阿里沙は恐る恐る怜奈を見る。


「実は店長の井ノ本さんは私のフリースクールの先生なの」

「……は?」


 予想外のカミングアウトに一瞬店内の時が止まった。


「えっ⁉ まさか……」


 真っ先に何かに気付いたのは賢吾だった。


「なに、どういうこと?」

「怜奈さんはあの旅を計画するとき、フリースクールの先生と相談したって言ってたけど、それって……」

「はい。その先生とは店長のことです」

「ええっー⁉」


 一同が悲鳴に近い声をあげた。もちろん神代も一緒に驚いている。


「バスツアーすると言っても一人で行くのはさすがに不安でした。だから井ノ本先生に引率をお願いしたんです」

「じゃあ怜奈だけじゃなく、運転手さんもはじめからすべて知ってたってこと?」

「はい。そうです」

「マジで? それは全く気付かなかったよ」


 賢吾は呆れたように脱力する。


「もう隠してないだろうね?」と伊吹は用心深げに辺りを見回す。


「はい。これでサプライズは終わりです」

「あー、もう! なんか騙されっぱなしで悔しい!」


 阿里沙はなにか自分にもみんなを驚かせるサプライズはないかと必死に考えるが、特になにも浮かばなかった。


「じゃあみんな揃ったし、乾杯しましょう!」


 怜奈はいそいそとグラスと飲み物を用意する。


「ではみんなが新しいスタートを切れたことを祝って!」


「乾杯!」という声とグラスが重なる賑やかな音が店に響く。

 阿里沙は笑いながら全員の顔を見回し、遠い夏の二泊三日の旅のことを思い出していた。



 <了>




────────────────────



最後までお読みいただき、ありがとうございました!


皆さんは本作の仕掛けを看破されましたでしょうか?

それとも早い段階で気付かれていましたでしょうか?


いずれにせよ、読んで面白かったと思っていただけたなら幸せです。


この作品以外にもミステリー仕立ての作品はいくつかありますので、いずれ機会があればまた投稿させて頂きたいと思います。

もちろんラブコメや青春小説などもたくさんアップしていきます。


これからもよろしくお願い致します!


2021年2月 鹿ノ倉 いるか

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君を欺くための392㎞ 鹿ノ倉いるか @kanokura

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