旅を終えて
第58話 それから~阿里沙~
待ち合わせのマクドナルドに着くと既に怜奈は到着していた。
「ごめんお待たせ!」
コーラとポテトを乗せたトレーを置き、阿里沙は向かいの席に座る。
「ううん。私もいま着たところ」
はじめて会った半年前に比べると少し髪が伸びている。
あの頃のように作ったような笑顔 ではなく、自然な笑みを浮かべていた。
「元気そうだね」
「お陰さまで。阿里沙は勉強捗ってる」
「うん、まぁね」
あの旅行のあと、阿里沙は大学進学を目指して勉強を始めた。
生前祖母が言っていた言葉を思い出したからだ。
『おばあちゃんの頃は勉強がしたくてもなかなか出来ない時代だったの。阿里沙はたくさん学んで賢くなってね』
きっとおばあちゃんは大学に進学することを願っている。
そう考えた阿里沙は受験を決意した。
とはいえ頭の回転は悪くないが勉強が好きではなかった阿里沙はかなり苦戦していた。
だが時おり賢吾に受験の相談に乗ってもらっているので、それなりに成績は上がってきている。
「怜奈は? バイト頑張ってる?」
「うーん。失敗とか多くて店長に怒られるけどなんとかやってるよ」
料理が得意な怜奈はそのスキルを活かすべく、居酒屋でバイトを始めていた。
はじめはもう少し人と接しない仕事の方がいいのでは阿里沙はアドバイスしたが、やりたかった仕事だと言って怜奈は意思を曲げなかった。
すぐに辞めたら慰めようと思っていた阿里沙の予想に反して、怜奈のバイトは既に四ヶ月も続いている。
近況報告をしているうちに三十分が過ぎて二人はマクドナルドをあとにした。
今日は半年振りにあのバスツアーのメンバーで集まる日になっていた。
会場は怜奈の働く居酒屋だ。
「そういえば阿里沙、伊吹さんの小説読んだ?」
「ああ、あのネットに書いてるってやつ? 読んでないよ。受験で忙しいのに 」
「えー? 読んであげなよ」
伊吹はあの旅のあと、打ちきりになったデビュー作の続きをネットでアップし始めていた。
本として刊行しなくても続きは書けるしファンにも読んでもらえる。
そんな決意で始めたと阿里沙は聞いていた。
元々読書の趣味がない阿里沙はまだサイトにアクセスさえしていない。
「そんなことより翔とはどうなのよ?」
阿里沙はニヤニヤしながら怜奈に訊ねる。
その途端怜奈は顔を赤くして視線を泳がせた。
こういう分かりやすいところが可愛くて好きだった。
「別に。どうもないよ」
「こないだデートしたって言ってたじゃん」
「デ、デートじゃなくて映画を見たの」
「うんうん。世間じゃそれをデートって言うんだよ」
「ろ、六歳も年下なんだよ? あり得ないでしょ」
バスツアーの最後、驚くべきことが起こった。
なんと翔が怜奈に告白をしたのだ。
あの素直じゃない翔が素直に怜奈に好きだと伝えたのには全員が驚かされた。
怜奈はその場ですぐにで断っていたが、賢吾や伊吹に煽られた翔はしつこく食い下がった。
根負けした怜奈は『友達から』という条件で連絡先を交換した。
困惑していた怜奈だったが、悪い気はしていないと阿里沙は見抜いていた。
「翔くんもお母さんにちゃんと嫌なことは嫌って言えるようになって、少し生活も余裕が出てきたみたい」
「へぇ。イジメは?」
「うん。それも先生にしっかり言って、収まったらしいよ。もちろん先生にはお母さんのことを話して、ひとまず家には連絡が行かないようにしたんだって」
「なかなか頑張ってるじゃん。怜奈のお陰かな?」
「そ、そんなんじゃないってば。元々しっかりした性格だもん。自分で頑張ったんだよ」
「へぇ……なんか彼氏自慢してるみたい」
「だから違うってば! もう!」
あまりからかうと本気で怒りそうなのでこの辺にしておいた。
「やあ、お二人さん」
「あ、賢吾さん。お久し振りです」
「賢吾、今日もスーツなわけ? 相変わらず堅苦しいなぁ」
店の近くまで来ると賢吾と出会した。
相変わらずのスーツ姿で隙のない出で立ちだけれど、その表情はあの夏に比べて柔和に感じられた。
「なんか顔色よくない? なんかいいことあった?」
「分かる? 実は会社を辞めたんだ」
「えっ⁉ マジで?」
「そう。で、今は大学院で研究してる」
「よかった。元の研究室に戻れたんですね」
怜奈が安心して訊ねると賢吾は首を振った。
「いや。戻ったんじゃない。他の大学の研究室で博士課程を受けてるんだ」
「え? そうだったんだ。でも元の研究室の教授が権力あって嫌われたら大変だったんじゃなかったっけ?」
阿里沙はバス旅行の帰り道に聞いたことを思い出しながら訊ねる。
「そうだよ。でもいま僕が行ってるのは元の研究室の教授とライバル関係の教授だ。さすがにそこまではあの教授の力も及ばないよ」
「なるほど。よく分かんないけど、賢吾らしい計算高さだね」
「失礼な。処世術に長けてると言ってくれよ」
ライバル研究室に行くのはそれなりに大変だったのだろう。
しかしそれを成し遂げ、涼しい顔をしている賢吾が、阿里沙はなんだか誇らしかった。
「今日は悠馬くんも来るんだよね」
「はい。お誘いしたら都合がつくって」
「そうか。元気かな?」
悠馬はあの旅の仲間内で作ったグループチャットにもあまり参加してこない。
最近は交通安全を啓蒙するボランティア活動に積極的に参加しているらしい。
まだ恋人の死から完全に立ち直ったわけではなさそうだが、彼なりの速度で前向きになりつつある。
阿里沙たちは静かにそれを見守っていた。
余計な口出しをしたり頼まれもしないお節介をするのは自己満足にすぎない。
あの旅で翔に言われてみんなが気付いたことだった。
「ここが私の働いてる店です」と怜奈が立ち止まる。
『井ノ本』という屋号が書かれた赤ちょうちんやガラスの引戸がノスタルジックな、昔ながらの個人経営の居酒屋だ。
「へぇ。渋いね。こういう店なんだ」
阿里沙は何度も行きたいと言っていたが、恥ずかしいからと怜奈に場所を教えてもらえなかった。
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