第55話 他人の人生~玲奈~

「そうか。そういうことか」


 今度は翔がなにかを思い出した顔になり、玲奈を見てくる。


「遥馬が『願いごと』を当てられた時、なんか違和感を感じてたんだよ。何なのか分からなかったけど、今ようやくわかった」


 それには心当たりがなかった怜奈は怯えながら翔を見る。


「玲奈は『交通事故で彼女が死んだのは遥馬のせいじゃない』って遥馬を慰めたんだ。でもあのとき遥馬は恋人が交通事故で死んだとは言ってなかった」


 翔に指摘され、うっかりそんなことを口走っていたのかと玲奈は反省する。


「たとえ言ってなかったとしても話の流れでだいたい分かるでしょ、それくらい」

「そうとも限らないだろ。線路に転落して電車に跳ねられたら交通事故とは呼ばないだろうし、そもそも事故じゃなくて通り魔に刺されたのかもしれない。だけど確認もせず、玲奈は断定したんだ」


 その失言は玲奈自身も気づいていなかったのでハッとする。

 全員の目がどんどん冷たいものに変わっていくのを肌で感じていた。


「ごめんなさい。謝って済むことじゃありませんけど……みなさんには、神代さんにも、本当に申し訳ないと思ってます」

「神代に結華と似たメイクやファッションをさせたのも怜奈さんなのか?」

「……はい。私です」

「なんでそんなことをさせたんだ? 教えて欲しい」


 思いの外悠馬の声は冷静だった。

 怒りが通りすぎて呆れているのかもしれない。

 今さら隠すつもりもない怜奈は、全てを話すつもりだった。


「結華さんに似た面影の人が主催者なら、悠馬さんが参加してくださると思ったからです。もちろん神代さんはそれを知りません。私に指示されたメイクをして、用意された服を着ているだけなんです。だから自分を見て驚く悠馬さんを見て、逆に驚いていたんです」


 自分が死んだ彼女に似ているなんて知らない神代は、なんでこんなに悠馬が絡んでくるのか不思議だっただろう。

 遥馬にも神代にも本当に悪いことをしてしまったと反省する。


「なぜ僕を誘きだしたかった?」

「辛そうだったからです。悠馬さんは結華さんが亡くなったのは自分のせいだと、ずっと自らを責め続けてます。それが見ていられなかったんです」


 悠馬が怒る気持ちは分かる。

 自分はそれだけのことをしてしまった。

 しかしいたずらに悠馬の心を乱した訳ではないということは分かってもらいたかった。


「『願いごと』を通じて、もう一度自分を、結華さんを、過去を、そして今を見詰め直して欲しかったんです。出すぎた真似だと分かってます。でも私は幸せそうな悠馬さんと結華さんが本当に好きだったから」

「え?」


 悠馬の目が驚きでピクッと開く。


「怜奈さんは結華が生きていた頃から、僕のアカウントを見ていたの?」

「はい。悠馬さんだけではありません。参加者皆さんのアカウントを数年前から拝見してます」


 全員が驚いた顔をした。


「私はフリースクールに通う以外は家から出られない半ひきこもり生活を何年も送ってました。そんな私が現実世界を見るのはネットという窓からだけでした。自分と同じように悩みを抱えている人、逆に幸せそうな生活を送っている人、想像もつかない世界に住んでいる人。気になった人をツイッターで見つけてはディスプレイ越しに眺めていました。気持ち悪いですよね。でもそれだけが私と現実世界との繋がりのように感じてました」


 みんな静かに話を聞いてくれていた。

 批難され、罵られても仕方ないのに、耳を傾けてくれるその優しさに心を打たれる。


「悠馬さんと結華さんは私の理想のカップルでした。いつも仲良しで、眩しいほど青春を謳歌してて、羨ましかった。私も普通の暮らしをしていたら、こんな素敵な青春があるのかなって、おこがましくも想像していました。でもある日、その幸せは途切れてしまった」


 怜奈は目を閉じ、その時のことを思い出す。

 見たわけでもないのにその場面が脳裏に甦るようだった。


「あの日から悠馬さんは深い闇に包まれてしまった。ディスプレイのこちらから、何度も叫びました。悠馬さんは悪くない。自分を責めないで欲しい、と」

「そうだったんだ……それで心配して、僕をこの旅に」

「余計なことをすいません」

「いや……不可解なことの理由がわかってなんだかスッとしたよ」


 悠馬は悲しい顔で首を振り呟いた。


「僕のことはいつ知った?」と賢吾が訊ねてくる。


「賢吾さんを知ったのはドイツの学会に行かれたときの写真をアップされたのがきっかけです」

「ああ、あれね。ノイシュバンシュタイン城を撮影したら思いの外よくて、ツイッターにアップしたらプチバズったんだ」

「はい。学会で海外に行くなんてすごいなって。そこから見える世界は、どんな景色なんだろうって憧れました」

「そんないいもんじゃない。汚い世界しか見えてないよ」


 苦笑いする賢吾に、怜奈は首を振って無言で否定した。


「阿里沙は友達と遊んでいるツイートを見て。同年代の子はこんなに青春を謳歌してるんだなぁって。こんな人が自分の友達だったらいいなって思った」

「マジで? そんないいもんじゃないし」

「俺は?」

「翔くんはいつも辛そうだった。私と同じように苦しんでいるって。だから悩みを共有したくって旅に招待しました」

「似てねぇから」

「そうだよね。翔くんは私なんかと違って、とても強い……私の身勝手でみんなを振り回して、すいません」


 怜奈はまた頭を下げる。


「俺は? 俺はなんで選ばれたの? もしかしてファンだったとか?」


 伊吹が期待した顔で訊ねてきて、怜奈はまた胸が痛む。


「すいません。違います。たまにネガティブなツイートをされ、そのたびに削除されているのをお見掛けして、色々と悩んでらっしゃるのかなって」

「あ、そうなんだ……ははは。お酒飲むと、つい愚痴っちゃってね」


 夜空に上がる花火に照らされた伊吹の顔は物悲しさに溢れていた。


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