第54話 神様の謝罪~玲奈~

「ごめんなさいっ!」


 怜奈は申し訳なさで身体を二つ折りにするくらい頭を下げた。

 大声を出したつもりだったけれど喉がまともに開かず上擦った声になってしまった。


「え? なに? どうした?」


 翔が狼狽えた声で訊ねてくる。

 当然誰も怜奈の謝罪の意味が分からず、戸惑っていた。


「勘違いしないで欲しい。別に僕は怜奈さんが憐れだとか、同情して勝負を降りたわけじゃない。人生をやり直すのに必要なのはお金じゃなく気持ちだと教わったからだ。それが分かったからもう神代さんに願いを叶えてもらう必要がなくなった。だから怜奈さんの願いを叶えてもらおうと思ったんだ」


 賢吾の言葉が優しければ優しいほど、胸が締め付けられた。

 言葉が出せず、ただ首を振って否定するのが精一杯だった。


「わかった! 怜奈の願いってあの根性悪そうな元親友への仕返しでしょ! もう仕返ししたから意味なくなっちゃったとか?」

「違う……違うの……みんな、本当にごめんなさい」


 無理矢理顔を上げた瞬間、目の前がパッと眩しく光り、どーんっという破裂音が数秒遅れで届いた。

 間の悪いタイミングで始まった花火に振り返る者はいなかった。


 怜奈はいつの間にか溢れてしまっていた涙を拭わずに告げた。



「私が……。皆さんを騙していて、すいませんでした」



 そう言ってもう一度深々と頭を下げたのは、謝罪の気持ちだけでなく、罪悪感でみんなの顔を正視できなかったという理由もあった。


「え? どういうこと? かみさまって……」


 悠馬は戸惑いと怒りを行き来する声で訊ねてくる。


「私が本当の主催者なんです。ごめんなさい」


 もう逃げるわけにはいかない。

 膝を震わせながらも怜奈は悠馬の目を見て謝った。


「ははは! んなわけないじゃん! なにそれ! マジウケる!」


 阿里沙は大声で笑ったが、それに続く者はいなかった。

 凍りついた空気に苛立つように阿里沙は声を荒らげた。


「怜奈が本物の『かみさま』だったら神代ちゃんは何者だって言うわけ?」


 阿里沙に指を差された神代も他の参加者同様困惑した表情を浮かべていた。


「神代さんは私が雇った方です。『かみさま』の代わりに司会進行する人なので『神代さん』としました。やり取りはメールやメッセージのみなので神代さんは私の正体を知りません」

「マジかよ。イカれてるな、怜奈」


 翔は手を叩いてゲラゲラ笑った。

 しかし眼光は攻撃的で、心の中は激しく怒りで燃えているのがわかった。

 騙されることをなにより嫌う翔がどれほど怒っているか、想像に難くなかった。


「いきなりそんな話を鵜呑みには出来ないな。怜奈さんが主催者であるという証拠はあるのかい?」

「証拠というものはありません。ただ私は主催者なので賢吾さんの出身大学や現在お勤めの会社名も存じてます」

「へぇ。言ってみて?」

「でも……」

「プライバシーとかはこの際後回しでいいよ。僕の経歴を言ってみて」


 怜奈は「すいません」と前置きをしてそれを伝えた。

 賢吾の驚く顔を見て、他のメンバーもそれが事実であると理解していた。


「経歴なんて調べたら分かるだろ。それこそツイッターアカウントを見るとか」


 伊吹が反論するが賢吾は鼻で笑った。


「そんなもの、旅が始まってすぐに鍵アカウントにしましたよ。僕のアカウントを見たとすれば、それは旅が始まる前しかない」


 怜奈は全員の視線が冷たくなっていくのを感じていた。

 つい先程までの温もりが漂う気配は消え、薄ら寒い険悪な空気となっていた。


「そんなことだけで信じられないし。もしかしたら神代ちゃんから聞いただけかもしれないでしょ!」

「そうだ。神代さんは千里眼とやらでみんなの個人情報を握っている。彼女から聞けば簡単に分かるはずだよ」


 信じたくないと言わんばかりに感情を昂らせる阿里沙とその案に乗っかろうとする伊吹。

 二人を見て怜奈は余計辛くなってくる。


「これも証拠になると思います」


 そう言って怜奈は学生証を見せた。


「『フリースクール鹿の子学園』……これが怜奈の学生証? 怜奈って確か調理の専門学校に通ってるって言ってたよね?」


 阿里沙は怜奈の手作り感が強い学生証を見ながら裏切られた悲しい顔で笑う。


「ごめんなさい。あれは、嘘なんです。フリースクールって、いろんな事情で学校に行けない人が通うところなの。一応その学校でも料理は習ってるけど、調理師学校ではないの」

「そうなんだ……」


 怜奈の境遇を知っていればそういう学校に通っているのは別段不思議ではない。

 阿里沙はなんと返していいか分からない顔をしていた。


「ああっ⁉」


 横で見ていた賢吾が声を上げてその学生証を手に取る。


「どうした?」と伊吹も学生証を覗き込んだ。

「年齢が、違う」


 生年月日を指差し、賢吾は唖然としていた。


「違う? どういうこと?」

「よく見てください。怜奈さんは二十歳じゃなくて、二十一歳なんですよ」

「ん? ああ、確かに……でもそんなに驚くこと?」


 伊吹はピンと来てないが、阿里沙や翔は気付いた顔をしていた。


「怜奈さんは自己紹介の時、二十歳の調理の専門学生だと言いました。でも実際はフリースクールに通う二十一歳なんです。つまり嘘をついた。でも神代さんはその嘘を指摘していなかった」


 怜奈は申し訳なさそうに頷く。


「つまり神代さんは怜奈さんの嘘を見抜けなかったということか。俺の年齢は二十八だと勝手にリークしたのに」


 ややピント外れの伊吹の恨み言に賢吾は頷く。


「他のメンバーの情報はしっかり知っているのに、怜奈さんの情報だけ間違っていた。それはつまり怜奈さんが神代さんに嘘の情報を伝えていた証だ」

「待ってよ。そうとも言いきれないでしょ。怜奈と神代ちゃんがグルで、わざとスルーしたのかも知れないでしょ」

「ああ。でもその場合であっても怜奈さんは主催者側と繋がってることになる。ただ驚いた様子の神代さんを見る限り、彼女はまるで知らなかった可能性が高そうだ」


 突然の展開にどうしていいか分からない神代は誰とも目を合わさないよう俯く。

 その姿を見て怜奈は神代にも申し訳ない気持ちになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る