第56話 旅の目的~玲奈~

「それにしてもずいぶん大掛かりなことをしたもんだね。お金もかなり掛かったんじゃない?」

「スクラッチくじが当たったんです。大した金額ではないんですが、私にして見たら結構な金額でして。働いていない私はいつも将来が不安でした。お金があればきっと不安もなくなる。ずっとそう思ってたのに、実際にまとまったお金が手に入ったら、全くその逆になりました」


 怜奈はようやく手や膝の震えも収まってきてちゃんと喋れるようになってきた。


「これくらいのお金、すぐになくなってしまう。ちゃんと働かなければ、いつまでもこのままじゃいけない。そんな焦りに襲われました。それを信頼しているフリースクールの先生に話したら、私が立ち直れるために使ってみたらどうだろうってアドバイスをくださいまして」

「それがこの旅っていう訳なんだ?」

「はい。明るく普通の女の子の振りをして初対面の人たちと二泊三日の旅をする。それが出来れば大きな自信になると思いました。コミュニケーションのリハビリみたいなものです。願いを叶えることは出来ないけど、お金を差し上げれば許してもらえるかなって」

「そんな理由で? 驚いたな」


 伊吹は目を丸くして驚いていた。

 それはそうだろう。

 そんな理由でこんな大掛かりなことをするなんて常識では考えられない。

 自分でも常識外れなことだと分かっている。

 でも関わりもない、けれど一度会ってみたい五人と旅をする方法を先生と考えて出した答えだった。


「でもそれならもっと明るく楽しい旅にすればよかったんじゃない? 今回のルールだったら険悪な空気になるのは目に見えていた」


 賢吾の指摘に怜奈は悲しげに笑う。


「それは私の考えが浅はかだったからです。人の『願いごと』を当てるなんて無理に決まっていて、しかも回答チャンスが三回しかなければ皆さん早々に無理だと判断するって考えていたんです。そうしたら皆さん旅を楽しむという方に舵を切る。そんな浅はかな計画でした」

「なるほどね」


 結果は怜奈の予想に反し、みんなが互いを探ったり、相手を騙したりと険悪なムードになってしまった。


「だから怜奈さんは俺のバスへの空き巣を食い止めたり、追放されそうな賢吾を庇ったりしていたんだね」

「皆さんで楽しく旅がしたかったんです。だから一人も欠けさせたくなかったし、みんなで仲良くしたかった」

「うちらまんまと怜奈に騙されてたって訳か。全然気付かなかった」


 阿里沙ががっかりした様子で息を吐く。


「本当にごめんなさい。謝って済むものじゃないですけど。でも騙して笑っていた訳じゃないんです」

「あたしが怒ってるのはそんなことじゃない。正直に事情を話してくれたらよかったのにってことに怒ってるの! はじめから知ってたらもっと楽しく旅も出来たじゃん」

「それはどうかな?」


 賢吾が諭すような笑みを阿里沙に向ける。


「少なくとも僕は願いが叶うと思ったから参加した。知りもしない女の子の精神的リハビリの旅行だと聞いていたら参加していなかっただろう。阿里沙だってそうだろ? もしそのリハビリに賛同して参加したとしても、それは怜奈さんに気遣った旅となっていただろう。それじゃ意味がないんだよ」


 賢吾の言う通りだった。

 腫れ物に触れるような扱いを受けては旅をする意味がなかった。

 これは普通の、一般的な女性としてなんの支障もなく振る舞うための旅だ。だから事情は誰にも話せなかった。


 またどこかの会社が運営している普通のバスツアーに参加しても、参加者同士が関わることは少ない。

 否が応でも他人と関わる旅行じゃなければ意味がなかった。


「でも結果として、それでよかったんじゃないかな?」


 悠馬が静かに呟く。


「みんなが勝とうとして軋轢が生まれたり、問題を起こした。そのトラブルをなんとか納めようと必死になることで怜奈さんは成長できたんじゃないかな。みんなもぶつかり合って傷つくことで見えてきたものがあったはずだ」

「そうだね。色々あったからあたしはおばあちゃんのことをたくさん思い出したし」


 伊吹や賢吾も口には出さないが色んなことに想いを馳せた顔をしていた。

 悠馬は強張らせた顔のまま怜奈を見詰めてきた。

 その視線に籠る力強さに怜奈はたじろぐ。


「僕も感謝してる。結華に似せた神代さんを見て怒りを覚えたし、戸惑いもした。でもお陰でしっかりと結華と向き合えた気がする。彼女の死後、僕はずっと自分を責めたり、不運を呪ったり、結華のいない世界を嘆いていただけだった。でもこの旅を通じてこのままじゃ駄目だと気付かされた。もうこの世に結華がいなくても、次の日はやって来る。その世界で生きていくことこそ、結華への弔いになるはずだと気付かされた。だからありがとう、玲奈さん。僕をこの旅に誘ってくれて」

「悠馬さん……すいません。ありがとうございます」


 怜奈は顔を覆い、その場に泣き崩れた。


「泣くなよ。別に誰も怒ってねぇし。俺も暇潰しで来ただけだから。まんまと騙されたのはムカついたけれど」


 翔は屈んで怜奈と目線を合わせてくる。


「そうそう。みんなはじめに思っていたのとはちょっと違うけど、願いは叶ったようなもんだし。うちらもう友達じゃん」


 阿里沙も怜奈の隣に座って慰めてくれた。

 その優しさが今の怜奈には痛かった。


「ごめんなさい。やっぱり私は皆さんと友達にはなれません。たとえ許してくれたとしても私が皆さんを騙したことには変わりません。たとえ皆さんが許してくれても、私は皆さんの仲間になる資格なんてないんです」


 怜奈はまた殻に閉じ籠ろうとしていた。

 自分を卑下し、貶めることで世界と自分を切り離そうとする。

 長年そうやって生きてきた癖で、元の巣に戻るような心地よささえ感じていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る