第46話 『願いごと』の強さ~翔~

「いいんだ、翔くん」


 伊吹は首を振って翔に優しく微笑む。


「遊覧船観光が終わった後、俺は一人でバスに戻った。無人のバスの窓ガラスを割り、『願いごと』が入ったあの箱を盗んで海に捨てるためだ。箱がなくなればもう一度『願いごと』を書き直せると思ってね」


 突然の伊吹の告白に、知らなかった者たちはどう反応していいのか分からない顔で戸惑っていた。


「そこに怜奈ちゃんがやって来て、俺を止めてくれたんだ。そんなことをしてはいけないってね。そこでようやく俺は冷静になって、とんでもないことをしようとしていたと反省した。止めてくれた怜奈ちゃんには本当に感謝している。ありがとう」


 伊吹が深く頭を下げると、怜奈は「いえ、そんな」と恐縮しきった感じで頭を下げ返した。


「しかも怜奈ちゃんは俺のしでかしかけたことを誰にも言わず秘密を守ってくれた。そんな優しくて強い怜奈ちゃんと、俺は最後まで旅を続けたいんだ。助けられた恩返しに、今度は俺が君を助けてあげたいんだよ」


 玲奈はスカートの太もも辺りをぎゅっと握ってまた俯いてしまった。

 揺らぎ始めた怜奈に賢吾も言葉を掛ける。


「ここで逃げてしまったら怜奈さんは変われない。今のままだ。それでいいのかい?」


 賢吾の発言を聞き、翔はハッとした。

 以前賢吾が怜奈らしきアカウントで見つけた『変わりたい』というメッセージは、そういう意味だったのだと気付いた。

 もちろん賢吾も気付いたからそう発言したのだろう。

 怜奈の『願いごと』はイジメられ、弱気になった自分を変えたいということに違いない。


「あたしも怜奈と一緒に旅をゴールしたい。頼りになんないかもしれないけど、力になるし」


 玲奈は生まれたばかりの雛みたいな目で阿里沙を見る。


「だってうちら、もう友達でしょ? こんなとこでお別れとか悲しすぎるし」

「阿里沙さん……」

「友達なら呼び捨て。やり直し」

「ありさ……」


 泣く寸前の怜奈の顔を隠すように阿里沙が抱きしめる。

 阿里沙の肩に顔を隠した怜奈のヒッヒッというすすり泣く声が聞こえた。

 阿里沙は彼女が泣き止むまで、ずっと背中を擦って肩を貸していた。


「すいませんでした。わたし、逃げません」


 落ち着いた怜奈は顔を上げ、みんなに宣言した。


「渦ヶ崎に行きます。皆さん、ありがとうございます」


 参加者たちが笑顔で頷いたり拍手するのを翔は冷えた目で見ていた。


「なんだよ。結局友情ごっこか。バカバカしい」

「翔くんにも感謝してる。私の思っていても言えないこと、全部言ってくれたから。翔くんが言ってくれなかったら、きっと私はここで黙って旅をリタイアしていたと思うから」


 涙で濡れた目で微笑んで頭をペコッと下げる怜奈に、翔は思わずドキッとしてしまった。


「別に。感謝されたくて言ったわけじゃねぇし。怜奈がいなくなれば競争が楽になるからリタイアさせたかっただけだ」

「素直じゃないなぁ、翔くん」


 伊吹がからかい、一同が笑った。


「なに笑ってんだよ。マジでムカつく!」


 どれだけ吠えてもみんなが笑いをやめる気配はなかった。

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