第45話 感動ポルノのリテイク~翔~

 参加者同士が揉めていても相変わらず神代は我関せずの姿勢を崩さない。


「翔くんの言うことも一理ある。怜奈さんのリタイアしたい理由をしっかり聞いてみよう」

「だから賢吾は勝手にまとめるなって。俺は理由を聞けなんて言ってない。言いたくない場合だってある。おい、怜奈。言いたくなければなんにも言わなくていいからな。黙ってここで旅から抜けろ」


 なぜ急に怜奈が旅をリタイアしたいと言い出したのかは翔にも分からない。

 身勝手な理由かもしれないし、賢吾みたいに人を陥れる企みをしていてそれが発覚しそうで怖くなっただけかもしれない。

 しかし理由は何であれ本人の意思を尊重してやるべきだ。

 友達ごっこで無理強いをしていい問題じゃない。


「いえ。ちゃんとお話しします」


 怜奈は顔を上げ、翔の目を見て頷いた。

 何かを決意した表情を見て、翔も止めはしなかった。


「これから向かう渦ヶ崎町というのは、私の生まれ育ったところなんです。中学生の頃まで住んでました」


 意外な発言に翔はもちろん、参加者全員が驚いていた。


「中学三年の時、イジメにあって不登校になりまして、それが原因で引っ越ししました」


 怜奈の告白は聞くに堪えないひどいものだった。

 怜奈にフラれた男が逆恨みでデマを流し、それを真に受けた者たちが義憤に駈られて怜奈を責めた。

 そこに同調圧力も加わり、直接イジメに荷担しなくても無視をするなどでクラスメイト全員から怜奈は迫害を受けたらしい。

 ついに精神的に堪えきれなくなった怜奈は感情を表に出せなくなり、それから不登校になったということだった。


「なにそれ! 許せない!」


 阿里沙が怒りの声を震わせた。

 しかしその義憤が翔をさらに苛つかせる。


「ずいぶんと正義の味方気分だな。でも阿里沙みたいな奴が寄って集って怜奈のような弱い人間をイジメていたんじゃないのか? 自分の行いっていうのは他人事の顔で聞くと不快な話に聞こえるものだからな」

「はぁ⁉ あたしはそんなことしてないし!」

「絶対にしてないと言い切れるのか? さっき俺が全員から非難されていたときや賢吾が盗聴器発覚したとき、お前はどうしてた? 率先して非難してなかったか?」

「それはっ……それは翔がわざと相手を怒らせたり輪を乱すことしたからだし! 賢吾のときだって本人が反省するくらいひどいことをしたから」

「素晴らしい! そのとおり!」


 翔が手を叩いて声だけで笑った。

 阿里沙は唖然とした顔で翔を見ていた。


「これはこういう事情があったから仕方ない。あの時は責められる側にそれだけの非があったから仕方ない。でも自分の知り合いが自分じゃない誰かにイジメられたのは理不尽で許せない。バカで身勝手な奴のお手本のような回答をありがとう!」

「っざけんなよ、てめぇ!」


 激した阿里沙は翔の襟首を掴んでくる。


「ほら、そうやって都合が悪くなると暴力を使う。こんな風にされてたんだよな、玲奈」


 翔は引き攣った顔で笑い、玲奈に同意を求める。


「やめて」


 怜奈は阿里沙の手を握り、首を振った。

 阿里沙は気まずそうに手を放し、怜奈を見詰める。


「そんな奴らに遠慮して生きることはないよ。その渦ヶ崎町ってとこに行ってそいつらに謝らせよう。あたしも一緒に行くから大丈夫」

「だからその発想がもう既に終わってるんだよ」

「うるさい! 翔には話してないから!」

「だいたい謝罪させてなんになる? 『あのときはごめん。うちらも若かった』、『今では反省してます』ってか? そんな適当な口だけの謝罪を言わせてなんになる?」

「怜奈は今でも当時のことを思い出してこんなに怯えてるでしょ。謝らせてすっきりしないと怜奈も先に進めない!」

「だからそんなこと阿里沙が勝手に決めるなって言ってるだろ‼ それでスッキリするのはお前だけだ!」


 翔は怒りが爆発し、阿里沙の眼前に指を突き出す。

 全身を震わせた怒号に、さすがの阿里沙もびくんっと身体を震わせた。


「よく考えろよ! そんな適当な謝罪でも、一応は謝罪だ。謝られた方は許さざるを得ない。自分の過去の悔しさも怒りも無理やりリセットさせられる。そんなのセカンドいじめだろ!」


 翔の言葉に反論できず、阿里沙は目を逸らした。


「じゃあどうすればいいわけ? 怜奈がかわいそうじゃん」

「復讐してやればいい」


 それが正解だという顔で賢吾が言った。


「怜奈さんをイジメた奴らを見つけ出し、近所の人が集まった中で過去の悪行をぶちまけてやる。もしくはネットに晒し上げるのも悪くないな」

「そんなことっ……駄目です」


 怜奈が慌てて賢吾を止める。


「いかにも賢吾らしい陰険な発想だな。その発想は嫌いじゃない。でもご覧の通り怜奈はそんなこと望んでいない」

「じゃあどうすればいいのよ! 偉そうに否定ばっかしてないで翔も言いなよ!」

「だから俺は最初から言ってるだろ。そのなんとかいう生まれ故郷に行きたくないならここで旅をリタイアすればいいって。怜奈ははじめからそれを望んでいる。お前らが納得いってないだけだ。自分の期待する答えじゃない。だからやり直し。そうやって怜奈を追い込んでるんだ。違うか?」

「追い込んでなんていない。心配しているんだ」と伊吹が弱々しく答えた。


「逃げていいんだ。動物なら肉食獣だって危険を感じたら逃げる。なんで人間だけ逃げちゃダメだなんて思ってるんだよ。こいつらの感動ポルノなんかに付き合ってやる必要はない」


 全員の視線がゆっくりと怜奈に集まる。

 みんなの視線を受け、玲奈は「ごめんなさい」と呟いた。


「私はやっぱりここで──」

「それでいいの?」


 伊吹が怜奈の言葉を遮る。


「玲奈ちゃんはどうしても叶えたい『願いごと』があったんじゃないの?」

「それは……」

「ここでリタイアしたらその願いごとは叶わないんだよ? 君の願いっていうのはその程度のものだったのかな?」


 その言葉に怜奈はぴくんと肩を震わせ、顔を上げる。

 固く閉ざされた彼女の心が少し軋んだのを感じた。


「君は俺に言ってくれたじゃないか。絶対に叶えたい願いごとがあるって。俺がバスの窓を──」

「おい、やめろ! いま別にそんなこと言わなくてもいいだろ!」


 翔は慌てて伊吹の告白を止める。

 伊吹が無人のバスからみんなの願いごとを盗み出そうとしたことが知られたら、きっと軽蔑されるだろう。


 未遂で終わったとしても主催者の神代に聞かれたら悪印象を持たれるのは間違いない。

 それに伊吹は少しは名の知れた作家だ。そんな醜聞を晒して得はない。

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