第47話 最高の復讐劇~悠馬~

 夏祭りは浴衣で参加するらしく、神代は全員に浴衣を配っていた。

 悠馬は藍色のものが支給される。

 バスのなかで着替えるわけにも行かないので、現地についてから美容室で着替えるそうだ。


 テンションが上がった阿里沙を中心としたはしゃぐ声を聞きながら悠馬は先ほどの騒動を思い出し、腹立たしい気持ちになっていた。

 腹を立てている相手はもちろん神代だ。


 怜奈の受けていたイジメについて話し合っていたので話題には上げなかったが、そもそも神代がツアーの最後に怜奈の生まれ故郷の夏祭りを選んだことに悪意を感じていた。

 有名なお祭りなら分かるが、どこにでもある公立中学校のグラウンドで行われる小規模なものだ。

 そこが怜奈の母校であることを知っていて選んだことは間違いない。

 そして彼女がイジメを受けて不登校になったことも恐らく知っている。

 そんな場所を選ぶなんて趣味が悪すぎる行為だ。


 怜奈がイジメを告白した時に悠馬は神代の様子を伺っていた。

 驚いた顔をしていたが、あれは演技に違いないと疑っている。

 そもそも神代は千里眼とやらで人の過去が見えるなどと嘯いているのに驚いた演技をするのも腹立たしい。


 なぜ怜奈の忌まわしい記憶が残るところをツアーに組み込んだのか?


 もしかすると他のメンバーも自分や怜奈のように神代に過去のトラウマをほじくりかえされるような目に遭わされているのかもしれない。


 賢吾の推理を聞いたときは悪意があって結華に似ている訳じゃないのかもしれないとも思ったが、今回の騒動でその考えも消えた。

 神代はわざと人の心の傷に塩を塗り込んできている。


 そうやって参加者の辛い過去を突っつき回すことがこの旅の目的なのだろうか?


「なに怖い顔してんの?」


 阿里沙が隣の席にやって来て悠馬に声をかけてきた。


「なぁ阿里沙。君はこの旅行の最中、心の傷が抉られるような出来事はなかった?」

「なにそれ? ないけど?」

「よく思い返してくれ。些細なことでもいいんだ」

「んー……あ、一個だけ。心の傷を抉るとか、そんなエグいもんじゃないけど」

「なに?」

「ほら、昨日の『祈りの刻』で怜奈に『友だちが欲しい』って予想されたじゃん。あのときは少しドキッとしたかな」


 阿里沙は苦笑いを浮かべて続ける。


「あたしはたくさん友達がいるけど、それは友達じゃなくて遊び仲間なのかなって。それを指摘されたみたいでドキッとしちゃった」

「なるほど。神代じゃなくて怜奈さんか」


 期待していた回答じゃなくて拍子抜けした。


「もしかして他の人も悠馬や怜奈みたいに神代ちゃんに触れられたくない過去をイジられてると思ったの?」


 説明する前に阿里沙に指摘されて、少し面食らう。


「よく分かったね」

「そりゃあ悠馬から神代ちゃんのこと探ってって言われてるからね。注意して見てるよ」

「へぇ……」

「あ、いま意外そうな顔したでしょ?」

「ごめん、ちょっとだけ」


 そんなにしっかりしているように見えなかったので正直驚いていた。


「あたしだってこのゲームに参加してるからね。ボーッとしてた訳じゃないし」


 そう言ってチラッとスマホの画面を見せてきた。

 なにやら文字がびっしりと書かれているのが見えた。


「旅で起こったこととか疑問に感じたことをすべてスマホにメモしてるの」

「えっ⁉ そんなマメなことしてるんだ?」

「どこにヒントがあるか分からないでしょ。メモしないと忘れちゃうし」

「なんか、すごいな」


 人と話している最中もスマホを弄っていると思ったらそんなことをしていたのか。


 悠馬は感心して阿里沙を見る目が変わった。


「それでね、悠馬。夏祭りのことなんだけど」

「祭りがどうかしたの?」

「みんなで相談した結果、怜奈と悠馬が付き合ってることにしたいの」

「はあ⁉」


 突拍子もない発言に声が裏返った。


「あたしと賢吾がカレカノで。あ、もちろん本当に付き合うんじゃないよ。演技でね」

「演技って、誰に見せるの?」

「もちろん怜奈をイジメてた奴らだよ」

「どういうことなのか、よく分からないんだけど?」

「ほら、悠馬って結構イケてるし、あたしもイケてるでしょ? イジメてた奴らにこんなイケてる彼氏や仲間がいるって見せつけてやるの」


 阿里沙はニヤリと悪だくみしてますという顔をした。


「ていうか僕はイケてないと思うけど?」

「そういうメンドくさい謙遜はいいから。いい案だと思わない? このアイデアは翔が考えたんだよ」

「翔が?」


『仲良しごっこ』とバカにしていた彼がそんな案を出すとは意外だった。


「謝罪とか復讐とか意味がないからって言ってさ」

「謝罪はさておき復讐とかあいつ好きそうなのに」

「リスクも大きいし、なにより怜奈の後味が悪いだろって。確かにそうだよね。怜奈は人をひどい目に遭わせて喜ぶようなタイプじゃないし」


 翔が怜奈の性格まで考慮したという事実に驚かされる。


「イジメをしている奴っていうのは、大抵イジメている相手を下に見ている。だからそいつらが羨むほどの現状を見せてやるのが一番の復讐だってさ。『お前らなんて自分の人生にはちっぽけな存在で、自分は遥か高みにいるって見せつけてやればいい。それが一番相手に屈辱を与えられる』。どう? あいつにしてはまともな意見でしょ」

「そうだね。問題はイジメの加害者と対峙したとき怜奈が怯えたり逃げたりしないかってことかな」


 そう言うと阿里沙はなぜかにやにやと笑った。


「だからそこは彼氏である悠馬がサポートしてあげなきゃ」

「僕が? 責任重大だな。賢吾さんの方が適任なんじゃない?」

「もっと自分に自信持ちなよ。悠馬なら大丈夫」


 尻込みかけた悠馬だが、不安な怜奈が頑張るというのだから逃げるわけにもいかなかった。

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